もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

30 チップの価値観

「これは……?」

 レオナルドから差し出された花束に、キアラは困惑を隠せなかった。
 その花束は小さな白い花と緑のシンプルなもので、ミントのような爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

「プレゼントだ」と、レオナルドは真面目くさった顔で言う。

「ありがとうございます。嬉しいです。……ですが、記念日や行事でもないのに、いただいてもよろしいのでしょうか?」

 キアラは恐縮するように、おずおずと花束を受け取った。過去にダミアーノから花束を貰ったことがあるにはあったが、それは誕生日などの理由(・・)がある時だけだったのだ。

 こんななんでもない日に贈り物を貰ったことなど、彼女は経験がない。だから、素直に好意を受け取って良いものか、正直分からなかった。

 レオナルドは少し照れくさそうに顔を指で掻いてから、

「貯金が貯まったんだ。君に似合うと思って」

「ちょ……貯金んん!?」

 帝国の皇太子の口からとんでもない発言が出てきて、キアラは素っ頓狂な子えを上げて弾かれたように仰け反った。
 言われてみれば、手元の花束はたしかに洗練されて美しいが、お世辞にも皇族御用達のような最高級品には見えない。平民でも手の届く範疇の品種だろう。

(貯金って……? 皇族が? 皇太子が?)

 レオナルドは驚くキアラの姿を認めると得意げな顔になって、

「あぁ。君から貰ったチップを貯めていたんだ。まとまった額になったので、プレゼントを買いたいと思ってな」

「まぁ! そういうことでしたのね。それは、とても嬉し――……!?」

 彼女の顔がみるみる真っ赤になる。彼の真心が純粋に嬉しかったが……とてつもなく恥ずかしい、気がする…………。
 こんな気持ちになるのは初めてだった。ダミアーノに対して、魅了魔法抜きで純粋に喜べることなどなかったから。

 レオナルドはキアラの反応を楽しむようにニヤリと笑って、

「ふふん。どうだ、驚いただろう? 平民の恋人たちで流行している『サプライズ』というものだ」

「え、えぇ……。心臓が飛び跳ねましたわよ……」

「限られた予算からプレゼントを考えるのは新鮮な経験だった。意外に楽しいものだな」

 君だけの為に考えるのは――と、喉元まで出かかったが、慌てて口を噤む。にわかに羞恥心が襲って来て、身体が熱くなった。

(何を考えているんだ、俺は……)

 伯爵令嬢とは互いの利益のための、契約の関係だ。だが最近は、それ以上のことを期待してしまう。
 最初は「婚約者ごっこ」がそのような思考に向かっているのかと思っていたが……どうやら異なるみたいだ。

 彼女を愛おしく思う気持ちが、どうしても溢れてしまう。
 つい数ヶ月前までは彼女を殺そうと躍起になっていたのに、人の感情というものは不思議だ。
< 145 / 221 >

この作品をシェア

pagetop