もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

 そうなると、不可解なこと浮かび上がった。マルティーナ・ミア子爵令嬢だ。
 彼女は未だに皇子への熱が冷めておらず、今もアンドレアのことを熱烈に愛している。それは周囲から見て、思わず目を逸らしたくなるくらいに恥ずかしいほどだった。口を開けばアンドレア様、寝ても覚めてもアンドレア様、だ。

 ならば、この痴れ者については、最初から本気でアンドレアを愛していた(・・・・・)――ということだろう。
 本当に皇子妃の座を狙った計画的な犯行だったのだ。

 恐ろしいことに、彼女は皇子に近付くために、先にヴィッツィオ公爵令息と懇ろになって……。

 皇后は珍しく頭を抱えていた。
 アンドレアのほうは正気に戻って一安心だが、子爵令嬢との婚約宣言は既に世間の知ることとなり、あまつさえ平民たちが身分差の恋に熱狂している。
 ここまで噂が広がったら、いくら皇族という絶対の身分でも強引な手は使えない。

 そんな時、一条の光が皇后の前に舞い降りてきた。
 皇太子が作成したヴィッツィオ公爵令息とミア子爵令嬢の不貞の証拠の資料である。

 その文書は、ご丁寧にも議会の資料庫に保管されていた。それは公的な書類として認められているということだ。
 そこには、ダミアーノとマルティーナの肉体関係があったという証拠まで事細かに記録されていたのだ。

 令嬢が――特に皇子と縁続きになろうという娘が、純潔でないなど絶対にあってはならない。ましてや、既に婚約者がいる令息と不貞など。

(これは……婚約破棄の正当な理由になる…………!)

 皇后はすぐに動いた。
 まずは傘下の新聞社に、スクープとして公爵令息と子爵令嬢の不貞の証拠を流す。そして平民たちが大騒ぎになっている間に社交界での根回し。
 最後に、議会で正式に二人の婚約破棄宣言だ。

 計画は上手く行った。
 貴族社会では未婚の令嬢の姦通は罪だ。ましてや自身の身分より高い伯爵令嬢の婚約者を略奪、さらに皇子と公爵令息の二股。
 この破壊力は抜群で、アンドレアは完全な被害者として婚約を破棄することができた。
 もっとも、陰では馬鹿だ間抜けだと貴族たちから嘲笑されているかもしれないが、そのような不敬な連中はいずれ始末すればいい。

 皇后は、この時ばかりはレオナルドに感謝した。あんな素晴らしい証拠品を置いてくれて、継母(ははおや)思いの、なんと立派な息子だろう。
 彼女の計画は、皇太子が東部へ向かっている間に速やかに進められたのだった。
 
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