もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
◇
皇太子たちが全ての魔獣を倒した時は、すっかり日が暮れてしまっていた。
領主曰く、洪水後に魔獣の出現が増えたのは確かだが、街中にまで現れたのは初めてのことらしい。
しかも、領地の山や森でもこのような大群は見たこともないということだった。
(なにか引っかかるな)
レオナルドは魔獣の死骸を片付けながら思案する。
領主の嘆願書の偽装は、皇太子を皇都から遠ざけるため。魔獣の大群は、皇太子を始末するため。
……どちらも、皇后の陰謀だろう。
皇后が己を殺そうとする行為は、過去六回を含めてもよくあることだ。しかし今回だけは、妙な違和感を覚えたのだ。おそらく、魔女のマナで魔獣を操ってここまで連れてこさせたとは思うのだが……。
(なぜ、わざわざ東部まで……)
人工のマナでも魔獣を操れるのなら、皇都でも何処でも皇太子を襲えるのに。それこそ、騎士団の狩りの演習の際にでも。
その時、一匹の魔獣の死体がふと彼の目に留まった。
それはカエルと豚を混ぜたような不格好な魔獣で、斬られた腹から黒々とした血がだらりと――……。
(血が少なすぎる……? それに、体内から湧き出るこのマナは……!?)
にわかにレオナルドの顔から血の気が引いた。喉元が絞られるように苦しくなる。
頭の中に浮かんだ仮説が正しいかどうか早く確かめたくて、急いでナイフで獣の腹を捌いてみた。
どろりとした血とともに内臓が流れて来る。そこには、小さなな何かが蠢いていた。
「やっぱり……そうなのか…………!」
主人の不穏な様子に、アルヴィーノ侯爵が心配して駆け寄って来た。皇太子は青白い顔をして、ぼうっと魔獣を見つめたままだ。
「……皇都が不味いかもしれない」
「どういうことですか?」
レオナルドは一拍息を止めてから、吐き出すように言った。
「まだ推測の域を出ないが……。皇后は人工的に魔獣を作っている」
小さな虫を魔女のマナで魔獣に。
それは、すぐにでも皇都を囲める量を用意できるだろう。