もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

36 夢のなか ※女性が不快に思うような描写&血などの残酷な表現あり

 マルティーナ・ヴィッツィオ……今ではただの「マルティーナ」になってしまった彼女の処刑が正式に決まった。

 今回の事件(・・)を受けて、ダミアーノとは正式に離婚、生家であるミア子爵家も貴族籍を剥奪された。
 公爵家は無関係を貫き、実の両親は毒を(あお)って先にこの世から去ってしまった。

 彼女にはもう何も残っていない。
 ダミアーノの愛も。
 アンドレアの愛も。


「アンドレア様……アンドレア様…………」

 世界の軸がずれてしまった彼女は、今日も地下牢で一人で耽っていた。
 門番たちは最初は面白がって見物をしたり皇子(・・)の代わりに相手をさせていた。
 しかし、どんどんと違う世界へ飛んでいく彼女が次第に気味悪くなり、今ではほとんど近寄らなくなってしまった。

 マルティーナは、独りで夢の中を生きている。

 疲れ果てた彼女は仰向けになって寝転んで虚空を眺めていた。右手は手首から先がなくなり、左手ばかり動かして指が痺れてしまった。

 静かだった。
 聞こえるのは、空気が抜ける音と水が漏れる音。何もすることがないので、恋人への想いだけが募っていく。

 アンドレア様は、いつわたしを迎えに来てくれるのかしら?
 早く綺麗なドレスを着て彼に抱かれたいわ。

 その時だった。
 彼女の耳に、ここに来てから初めて聞く()が入って来た。

 コツコツと規則正しい控えめな音が近付いて来る。それは門番の兵士でも、食事を持って来るメイドでもない。

「もしかして、アンドレア様かしら……?」

 にわかにマルティーナの瞳が光彩を帯びる。どんよりと霧のかかっていた頭の中が、一瞬で晴れ渡った。

 これは、アンドレア様の使者に違いないわ。やっとわたしを迎えに来てくれたのね。
 この前はちょっとだけ痴話喧嘩をしてしまったけど、本当はお互いに素直になれなかっただけなの。

 きっと謝りに来てくれたんだわ。素直じゃない人。
 でも、許してあげる。だって、こうやって、わたしの元へ――……。
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