もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
「あまり気分の良いものではないわね。私はあなたのように悪趣味じゃないみたい」
「今に見てなさい? 明日にでもアンドレア様がわたしを助けに来て、皇太子妃になるんだから!」
「そう……」キアラの顔が翳る。「あなたは……まだ夢の中を生きているのね」
「はっ、負け惜しみのつもり? アンドレア様は現皇太子はもうじき殺されるって言っていたわ。だから、笑っていられるのも今のうちよ!」
「そういう未来が来るといいわね」
「余裕ぶってるのも今だけよ? わたしが皇太子妃になったら一番にあんたを処刑してやるわ! 最高級のドレスと宝石を身に着けて、アンドレア様と一緒に貴賓席から見物するの!」
マルティーナは瞳を輝かせて言う。彼女の中では、じきに第二皇子白馬に跨いで救いに来て、悪は退治されて、ハッピーエンドになるみたいだ。
「…………」
キアラはマルティーナに魔女の魔法をかけるつもりだった。最期まで無様で滑稽に踊っていて欲しい、と。
でも、様子を見る限り、彼女にはその必要はなさそうだ。
何故なら、既に幻想の魔法が掛かったようなものだから。
「……ま、そうなる可能性も否めないわね。例えば……あなたと第二皇子のあいだに子供ができていたら、皇后の考えも変わるんじゃない?」
キアラの言葉に、マルティーナはゆっくりと大きく目を見開いた。
「子供…………」
キアラは頬に手をあて首を傾げて、
「私の勘違いかしら? あなたのお腹……いえ、なんでもないわ」
ゆっくりと踵を返し闇の中へ消えて行った。
静寂が戻って来る。
マルティーナは黙りこくって、自身の痩せ細った腹部に両手を当てている。
空気が凪いでいる。
地下牢からの帰り道、キアラは口元に弧を描いて笑った。
マルティーナには、わざわざ魔女の魔法で精神を操る必要はなさそうだ。だって、彼女は既に心が世界とは異なる場所にあるのだから。
だから、たった一言の言葉だけで――……。
「動いたわっ!」
地下牢の空気が一気に明るくなった。世界が鮮やかな色に甦っていく。
マルティーナは喜びに満ち溢れて、美しい笑顔を見せた。
母性の宿った表情を。