もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
(魔獣は……私を狙っている……!)
刹那。
「グルルアアァァァッ!!」
魔獣がキアラに向かって一直線に突進して行く。
「キアラ様っ!!」
金切り声みたいな、ジュリアの悲痛な声が響く。
だが、キアラの耳には少しも届いていなかった。
(避けるのはできそうだけど……。でも、今私が避けたら…………)
彼女の近くには、まだ人が多くいた。彼らが確実に逃げられたら良いのだが、そうもいかなそうだ。腰が抜けた老女、転んだ幼い子供を必死で抱き締める母親、他にも動けない者が多くいた。
自分がここで逃げてしまったら、彼らに害が及ぶことは容易に想像できた。
(仕方ない、か……)
最大の危機なのに、心は穏やかだった。まるで、最初から分かっていたかのような。
おもむろに瞳を閉じる。そして自身の肉体を流れる魔女のマナを、両手に集約させた。
じわじわと両手が熱くなるのを感じると同時に、婚約者の――レオナルド・ジノーヴァーの顔が浮かんで来たが…………無理矢理消した。
弾かれるようにカッと目を見開く。
「我に集いし闇のマナよ!」
次の瞬間、魔獣は敵のもとは辿り着く前に、漆黒の雷に撃たれた。
消失。
魔獣はまるで初めから存在などしなかったかのように、その場からいなくなってしまった。
残ったのは、地面の黒い染みと、揺蕩う黒い煙。
奇しくも、キアラが魔獣を倒すと同時に、あれほど暴れ回っていた他の魔獣たちも泡のようにパッと消えていった。
「魔女だ!!」
水を打ったように静まり返った街に、朗々とした男の声が響く。
「その女は魔女だ! 直ちに拘束するように!」
それは、屈強な騎士団を引き連れた――ダミアーノ・ヴィッツィオ小公爵だった。