もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

「え? 侍女だからですけど?」

 ジュリアはきょとんと首を傾げる。

「そうじゃなくて……。今の私と一緒にいても、あなたに何のメリットがないわ。レオナルド様は私のせいで廃太子になる可能性が高いし、私自身も魔女として処刑されるかもしれない。これ以上、運命を共にする必要はどこにもない」

「あははー。そうかもしれませんね」

 ジュリアはくすくすとおかしそうに笑った。

「笑いごとじゃないの!」キアラは呑気な侍女に苛ついて声を荒げる。「私たちが失脚したら、あなたやその家族にも被害が及ぶかもしれない。命さえも! ……商人だったら、損切りは大事な選択よ」

 ジュリアは打って変わって真顔でキアラを見つめる。キアラは彼女の視線に気付かずに話を続けた。

「心配は要らないわ。商会も、もしもの時のために私だけ切り捨てられるように、書類を準備してあるの。金庫の奥に隠してあるわ。だから、あなたはそれを持って――」

「キアラ様!」

 にわかに、ジュリアはきっとキアラを睨み付けながら、主人の手を鉄格子越しにぎゅっと強く握った。

「っ……!」

 キアラは驚いて思わず身を竦める。

「私は損得でキアラ様の側にいるんじゃありません! 一緒にいたいと思うから側にいるんです!」

「で、でも……」

「そりゃあ、最初は打算はありましたよ? 商人の娘が高位貴族の侍女なんて家の格が上がるし、キアラ様は気前がいいし。でも、何ヶ月もキアラ様と一緒に過ごして、私は損得勘定抜きにこの方にお仕えしたいと心から思ったんです」

「……」

 キアラは黙り込む。目頭に熱いものを感じた。過去六回、こんな風に言われたことはなかったから。

 そして彼女も、侍女に対して利害関係とは別の感情が芽生えていることを感じていた。ずっと胸の奥底へ、沈めていたけれど。

 ジュリアははにかむように微笑み、今度はそれを隠すようにニヤッと皮肉めいた笑みを浮かべた。

「それに、商人を見くびってもらっちゃあいけません! 私たちは、案外、人情で動くものなんですよ? 人と人とを繋げることが、商売というものですから!」

「ジュリア……」

 じんわり胸が熱くなって、ついに一筋の涙がキアラの頬を伝った。
 嬉しかった。でも、怖かった。

 他人(ひと)を信じたいけど、信じ切ることがとてつもなく恐ろしかったのだ。
 それは、過去六回分の、ダミアーノとマルティーナから植え付けられた未だ癒えない傷だった。

 ジュリアは、静かに泣くキアラの顔をハンカチで優しく拭う。

「大丈夫ですよ。キアラ様には私たち(・・・)がいます。それに、皇太子殿下もいらっしゃるじゃないですか!」

「レ、レオナルド、様も……?」

「ええ、そうですよ! 殿下に任せていたら大丈夫です。ですので、私たちは待ちましょう!」

「……。そう……。そう、ね」

 キアラは全ての涙を拭って、ジュリアを見る。そして、精一杯笑ってみせた。今の彼女が辛うじて出来る、感謝の気持ちを表す仕草だった。

 ジュリアはもう一度、キアラの手を握る。
 キアラは、今度は強く握り返した。

 レオナルド様がいるから、私たちは大丈夫。
 彼のために頑張れるから。

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