もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
――わあああぁぁぁっ!
会場の熱気が一気に上昇する。魔女が来たのだ。
「魔女めーっ!」
「よくも皇太子様を騙してたな!!」
一部からは怒声が沸き起こった。主に皇后派閥の息のかかった人間たちだ。
だが半数以上は今の状況に半信半疑で、不安そうに壇上を見つめていた。
(キアラ……)
レオナルドは直線上のキアラを見つめる。やっと婚約者の顔を見ることができて安堵した。「不正が行われるかもしれない」と皇后の命令で、彼女が牢獄に入ってから一度も会わせて貰えなかったのだ。
キアラは少し痩せて、光沢溢れる絹のドレスも今では泥と埃で薄汚れていた。か細い腕に手枷をはめられた姿は酷く痛ましくて、思わず目を背けそうになった。
魔女裁判を提案したのは、皇太子自らだった。皇都に戻ってほとんど対抗策を練る暇もなかったので、このままでは皇后にやられるのは時間の問題だと考えたのだ。
ならば、少しでも時間を稼ぐほかはない。それに、皇后に打ち勝つためには、守りだけではいけないと思った。彼は賭けに出たのだ。
(レオナルド様……)
キアラは心細そうにレオナルドを見つめ返す。彼が東部から帰還して、初めての対面だった。顔を見た瞬間、喜びが湧き上がってきた。彼が無事で本当に良かった……。
しかし、今の自分たちが置かれた状況を考えると直ぐさま不安の波が押し寄せてきて、胸が苦しくなった。
今日の魔女裁|判の話は、地下牢で説明を受けていた。皇太子が魔女の攻撃を受けて、生き残ったら無罪――そして、死ねば有罪だ。
国王の代理を名乗る貴族から、決して手を抜かないようにと厳重に注意を受けた。これは勅命だ。
もし、それを破るようなことがあれば即刻「魔女」と見做し、リグリーア一族は勿論のこと皇太子とその関係者も全て処刑台に送るそうだ。
キアラにはもう選択の余地はなかった。皇帝の命令に背くなんて貴族としてあり得ないし、自分の行いで家門や……婚約者が命を落とすようなことがあれば、絶望で心が壊れてしまう。
だから、全力で挑むしかほかないのだ。
もう、神に祈るしかなかった。
「殿下、本当によろしいのですか?」と、アルヴィーノ侯爵が縋るように確認する。
彼は主の死が迫っている今、何も出来ない己に激しい怒りを感じていた。
長年の側近に声を掛けられて少しだけ緊張が溶けた皇太子は、ふっと口の端を上げる。
「大丈夫だ。俺が死ななければいい。戦と同じ、簡単なことだろう?」
「ですが……」
「侯爵はその後のことだけを考えていればいい。頼んだぞ」
「……承知いたしました。ご武運を!」