もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

「キアラ! お前だけは絶対に殺すっ!!」

 次の瞬間、彼は手元の魔道具に己のマナを全て注ぎ込む。魔獣を作り出す魔道具だ。

 刹那、魔道具から眩い光が溢れ出て、勢いよく爆ぜた。
 爆風が二人を襲う。レオナルドは咄嗟にキアラを抱きしめた。

 やがて土煙が消えると――、

「キアラ……コろす……」

 さっきまでダミアーノだったもの(・・・・・)は、猪のような外見に手足は四本ずつはえて、全身毛むくじゃらで、人の頭くらいの大きな口からは鋭い牙と、だらだらと粘つく(よだれ)を垂らしていた。

「キアラああアァァぁぁぁぁっ!!」

 それ(・・)は、全速力でキアラに突進して、彼女を噛み殺そうと巨大な口を開けた。

「危ない!」

 レオナルドがキアラの盾となる。(ダミアーノ)の牙が彼の腕をかすれて、赤いものが宙に飛んだ。

「レオナルドさ――」

「君は下がってろ」

「キアラぁっ!」

 ダミアーノは猛スピードで再び突進してくる。
 レオナルドは注意深く見定めて、ぶつかる直前で獣の両腕を断ち切った。

「アアアああああぁぁぁッ!!」

 血飛沫が上がり、獣は倒れてのたうち回る。びちゃびちゃと魚が跳ねているようだった。

「許さンっ! 許さッ――」

 それでも獣は強い意思で立ち上がる。今や彼の本能は、「キアラを殺す」ことしか残っていなかった。

「邪魔しやがって……いつもいつもイツモォォぉッッ!!」

 両脚を踏ん張って、ジャンプするようにキアラに向かった。
 キアラは応戦しようと魔法を構える。

 だが、

「君はじっとしてなさい」

 レオナルドが、今度は脚を斬った。

「ギャアああああぁぁぁああアアッ!!」

 獣は、芋虫のようにゴロリと転がる。それは、もう人ではない何か(・・)だった。

 耳を塞ぎたくなるような、断末魔の叫び声が鳴り響く。
 その化け物の汚い声とは対照的に、レオナルドは慈しむような優しい声音でキアラに言った。

「君の手は、綺麗なままでいてくれ。汚れるのは俺だけでいい。
 ……もう、君は戦わなくてもいいんだ」

「っ……! 私は……」

 彼の言葉に彼女は一気に緊張が解けたのか、自然と涙が溢れ出した。
 レオナルドは微笑む。とても優しい笑顔だった。太陽みたいにとても眩しくて、キアラの心も浄化されるようだった。

 彼は彼女の過去の全てを察していた。ダミアーノに魅了魔法で操られて、汚れ仕事をいくつもやらされたのだろう。それは彼女の心をじわじわと破壊していったに違いない。

 だから、キアラには、もうそんな行為(こと)はさせない。
 これからは、彼女の苦悩は、代わりに全て自分が受け止める。

「君の手は美しい。これまでも、今も、これからも、ずっと……」

「…………!」

 キアラの心の奥底に張ってあった氷の膜が、七回目でやっと溶けた瞬間だった。
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