もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
◇
「キアラ!」
宮廷の大ホールで婚約者の姿をみとめるなり、ダミアーノは小走りに近付いた。
キアラは無感情に軽くカーテシーをする。
「来ていたのか。手紙の返事もずっと来ないから心配したぞ。今日も一緒に入場したかったが……」
「申し訳ありません。体調を崩しておりましたの」
「それなら言ってくれればいいのに。オレも見舞いに――」
「少しだけ疲労がたまっていただけですから。病気でもないのに、ダミアーノ様にご心配をおかけできませんわ」
「そんな、他人行儀な。オレたちは婚約者同士なんだから、遠慮しなくていい」
「……そうですわね。大変失礼いたしました。お心遣いありがとう存じます」
(私のことを嵌めて処刑する予定のくせに)
――と、キアラは白けた様子で婚約者を見る。彼は酷く心配しているような顔付きで、愛しくない婚約者を見つめていた。
彼女は慌てて目をそらす。また過去と同じように、彼を愛してしまうのが恐ろしかった。だから、なるべく婚約者には関わりたくなかったのだ。
「一曲いかがですか、伯爵令嬢?」
一拍して、ダミアーノはキアラに手を差し出す。彼と一緒にダンスだなんて吐き気がするくらいに嫌だったが、立場上拒否なんてできない。目ざとい貴族たちに見つかって、どんな不名誉な噂を立てられるか分からないからだ。
「……喜んで」
キアラは婚約者の手を取る。そして作り笑いを浮かべながら、一緒にホールの中央へ向かった。
「病み上がりのようだから今日は軽めのダンスにしよう」
「ありがとうございます」
互いに愛していない婚約者同士のダンス。貴族社会ではよくある光景だったが、彼らは義務として粛々とステップを踏む。
キアラも最大限の警戒をしながら、ダミアーノとの一曲を我慢して踊った。
(大丈夫……。私はまだ彼を憎んでいる……)
ループをするようになってから、キアラは定期的に自分の気持ちを確認している。はじめは毎晩、今では毎時間ごとにだ。
現時点では、まだ大丈夫だった。
ダミアーノを愛おしく思う気持ちなんて、少しも持っていない。
(でも、ループを重ねる度に、彼を好きになるタイミングが早くなっている気がするのよね)
彼に対する愛情が、このまま加速するのが怖いと思った。
もし次にループしたときに、その時点でダミアーノを愛してしまっていたら……。そんな恐ろしいことは絶対に阻止しなければ。
「キアラ」
はっと我に返る。いつの間にか一曲が終わっていて、次に踊る人たちと交代する時間になっていた。
「本当に大丈夫か? 顔色が悪い」
「だ……大丈夫ですから」
キアラは逃げるように婚約者から離れようとする。
しかし、ダミアーノは彼女の手を強く握って離さなかった。ぐっと彼女の腰を寄せて囁く。
「少し休憩したほうがいい。このままだと心配だ。行こう」
「っ……!」
ダミアーノは有無を言わさずキアラを連れて行く。令嬢が殿方の力に勝てるはずもなく、彼女はずるずると引きずらるように付いて行った。
大声を出して抵抗すべきだろうか。
でも、婚約者同士だし、なにより皇帝陛下主催のパーティーで騒ぎを起こすことなんて許されなかった。