もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
(マルティーナ・ミア子爵令嬢?)
婚約者と同じくらい憎い相手の名前を思い出した途端、頭が殴られたように痛くなった。苦痛に耐えられずに、ずるりと床に崩れ落ちる。
頭の中がどんどん混沌としていくのを感じる。いろんな考えが浮かんできては消えて、ぐちゃぐちゃと脳内を掻き回すようだった。
なんだか、心の奥から誰かに呼ばれるような……。
頭の奥の痛みが、激しくなる。
(子爵令嬢ならダミアーノ様と釣り合う? いえ、身分からしてあり得ない。それに、二人は恋人同士で……あれ?)
小さな疑念はますます膨れ上がって、彼女の幸福だった感情はガラガラと無惨に砕けていく。痛くて痛くて苦しくて、高級な絨毯の上でのた打ち回る。
そして、キアラは思い出した。
(私は二人に嵌められて……。私は……ダミアーノ様を……憎んでいる!!)
あっという間に忘却の彼方へ飛んでいったはずの感情が、再び戻ってきた。柔らかい絨毯の上で愕然と頭を垂れる。心臓がぎゅっと縮こまって、喉元が締め付けられる感じがした。
頭の奥からの唸るような衝動は、まだ続いている。
(私は……また…………)
もう彼を愛することはないと、逆行したばかりに誓った気持ち。
あんなに固く決意したのに、もうひっくり返ってしまったなんて。
(なんで……なんで……)
彼女は少しのあいだ己に詰問をするが、今は考えている場合ではなかった。
一刻も早くここから逃げ出さないと。
でなければ、再びダミアーノと目を合わせたら、またもや彼を愛してしまうかもしれない。彼女はもう自分の感情など信頼していなかった。
割れそうな頭を持ち上げて、よろよろと部屋を出た。酷い苦痛でまともな思考ができそうにない。
でも、まだ理性は残っている。
だから、まだ間に合うはずだ。
(ええと……ジュリアは……馬車に…………)
廊下の壁に身体を支えながら、ゆっくりと前へ進む。朦朧とした意識のなか、一歩一歩着実に――、
「きゃっ」
ついに足がもつれて転んでしまった。起き上がろうとしても、鉛のように脚が重たくてずるずると廊下に沈んでしまう。