もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

(マルティーナ・ミア子爵令嬢?)

 婚約者と同じくらい憎い相手の名前を思い出した途端、頭が殴られたように痛くなった。苦痛に耐えられずに、ずるりと床に崩れ落ちる。

 頭の中がどんどん混沌としていくのを感じる。いろんな考えが浮かんできては消えて、ぐちゃぐちゃと脳内を掻き回すようだった。
 なんだか、心の奥から誰かに呼ばれるような……。

 頭の奥の痛みが、激しくなる。

(子爵令嬢ならダミアーノ様と釣り合う? いえ、身分からしてあり得ない。それに、二人は恋人同士で……あれ?)

 小さな疑念はますます膨れ上がって、彼女の幸福だった感情はガラガラと無惨に砕けていく。痛くて痛くて苦しくて、高級な絨毯の上でのた打ち回る。

 そして、キアラは思い出した。

(私は二人に嵌められて……。私は……ダミアーノ様を……憎んでいる!!)

 あっという間に忘却の彼方へ飛んでいったはずの感情が、再び戻ってきた。柔らかい絨毯の上で愕然と頭を垂れる。心臓がぎゅっと縮こまって、喉元が締め付けられる感じがした。

 頭の奥からの唸るような衝動は、まだ続いている。

(私は……また…………)

 もう彼を愛することはないと、逆行したばかりに誓った気持ち。
 あんなに固く決意したのに、もうひっくり返ってしまったなんて。

(なんで……なんで……)

 彼女は少しのあいだ己に詰問をするが、今は考えている場合ではなかった。
 一刻も早くここから逃げ出さないと。

 でなければ、再びダミアーノと目を合わせたら、またもや彼を愛してしまうかもしれない。彼女はもう自分の感情など信頼していなかった。

 割れそうな頭を持ち上げて、よろよろと部屋を出た。酷い苦痛でまともな思考ができそうにない。

 でも、まだ理性は残っている。
 だから、まだ間に合うはずだ。

(ええと……ジュリアは……馬車に…………)

 廊下の壁に身体を支えながら、ゆっくりと前へ進む。朦朧とした意識のなか、一歩一歩着実に――、

「きゃっ」

 ついに足がもつれて転んでしまった。起き上がろうとしても、鉛のように脚が重たくてずるずると廊下に沈んでしまう。
< 26 / 221 >

この作品をシェア

pagetop