もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
「ご機嫌よう、ダミアーノ様」
応接間に入るなり、キアラは馬鹿丁寧にカーテシーをする。流れ作業のようにさっさと挨拶を済まして、すぐに部屋から出て行くつもりだった。
「キアラ!」
ダミアーノは嬉しそうに立ち上がる。そして愛しくない婚約者の手を取って、一緒にソファーに座った。
「キアラ、もう大丈夫なのか? 手紙の返事がないから屋敷に問い合わせたら、君が高熱で一瞬間も寝込んでるって聞いて慌てて飛んで来たよ」
「それは申し訳ありませんでした」
「先日のパーティーで無理をしたんじゃないのか? もう起きていていいのか?」
「はい、熱も下がって、すっかり元気になりましたわ」
「そうか。それは良かった」
それからキアラはすっと黙り込む。
ダミアーノは、彼女と二人きりの時に決して味わったことのない気まずい空気に戸惑って、紅茶を口にした。
(やはり……今日のキアラもおかしい)
彼女はいつも婚約者の機嫌を取るように努めて明るく喋り続けて、彼を不快にさせないように細心の注意を払っていた。もっとも、彼にとってはその無駄なお喋りこそが気に食わなかったが。
ダミアーノは渋い紅茶を味わいながら考え続ける。
キアラが今のようにつれなくなったのはいつからだろうか。あのお茶会で、自分がマルティーナ子爵令嬢を庇った時からだろうか。
(ひょっとして、まだ拗ねているのか……? 面倒な女だな)
そして一つの結論に辿り着いた。
一度だけ他の女の味方に付いただけで一月近くも根に持つとは、煩わしい女だ。
だが、そんな無駄な嫉妬に付き合うのも今この瞬間まで。
ダミアーノは不敵に笑う。彼には婚約者の心を再び自分に寄せる自信があった。あの日は不発に終わったが、今日は準備万端だ。
(はぁ……。早く帰ってくれないかしら。邪魔だわ)
キアラはつまらなそうに紅茶を飲んだ。
最初はダミアーノの顔を見た途端に彼を好きになるのではと不安だったが、彼の瞳も全身を眺めてもなんともなくて安心して隣に座っていられた。今ではクッキーをつまむ余裕さえある。
(このまま無言を貫いたら帰ってくれるかしら? もう口も聞きたくないのよね)