もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
目の前の令嬢の的を射た考察に、レオナルドは怯んだ。
「お、お前……なぜそれを……」
「あら? 当たっちゃいました? 半分はブラフだったのですが」
「っつ……!?」
しまった、と彼は片手で口を覆った。
だが、もう遅かった。交渉事に抜け目のない彼女は、少しも攻撃の手を止めない。
「私に譲っていただければ、今日のことは全て忘れて差し上げますわ。もちろん、この件での交渉事はこの場限りです」
「交渉事だと? 脅迫の間違いではないのか?」
「交渉事は得意ですの」と、彼女は不敵に笑う。
「はぁ……」
レオナルドは深いため息をついてから、
「……分かった。今回はお前に譲ろう」
「ありが――」
「だが、条件がある」
「条件?」と、キアラは目を丸くする。
皇太子にとって口止めだけでも大事なのに、これ以上なにを要求するのだろうか。
一拍して、レオナルドは姿勢を正してまっすぐにキアラの瞳を見て言った。
「……その小麦は……貴族ではなく、我が国の民衆のために役立てて欲しい。できるか?」
「……」
キアラは少しのあいだ言葉を失った。
目を見開いて、ただ相手を見る。
(どういう意味?)
「キアラ・リグリーア伯爵令嬢。……頼む」
まるで曇り一つもない青空みたいな澄んだ瞳。そこに悪意はまったく存在していなかった。
彼は本当に帝国民のことを愛しく想っている。――そう、キアラは感じた。
「もちろんですわ」彼女も誠意を返す。「貴族として、民を守るのは当然のことです。仮に民が飢えで苦しんでいたのなら、喜んでこの小麦を差し出しましょう」
もとより貴族や商人には吹っ掛けるが、困窮している平民には無償で配るつもりだったから問題ない。
レオナルドは初めてふっと微笑む。
爽やかでちょっと少年の面影が残る笑顔に、キアラは思わずドキリとした。
そう言えばダミアーノがこんな風に自然と笑う姿なんて、かつて見たことがあっただろうか……。