もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
彼女はゴソゴソとドレスのポケットを探って、
「取り急ぎのお礼です。取っておいてくださいまし」
一枚の銀貨を差し出した。
「…………なんだ、これは」と、レオナルドは目を丸くする。
「ですから、お礼ですわ。チップ兼、賄賂です。正式なお礼は、後日伯爵家からいたしますので」
「…………」
彼は黙り込んで、しばし俯く。心なしか肩が震えているように見えた。
彼女は真面目くさった顔をして、
「私は他人に、貸し借りなどしたくないのです。この世界は等価交換……いえ、常に自分が有利に立つようにすべきですわ。
その点において、金銭はとても分かり易い道具なのです。硬貨を相手に与えることによって、お礼以上の価値を付与することが可能なのですから」
「ぷっ……」
伯爵令嬢の滔々とした演説が終わると、皇太子がやっと顔を上げた。
「ははははっ!」
そしておかしそうに豪快に笑い始める。
「……何がおかしいのです?」と、キアラは眉を顰めた。
レオナルドは笑いをこらえながら、
「いや……。それで、私にも銀貨をくれた、と?」
「これは間に合わせです。借りはその場で返さなければ、私の気持ちが収まらないのです。
――そうだわ、騎士たちにもお礼をしないと! 銀貨の小袋はあとどれくらいかしら? ジュリアに確認して貰わなきゃいけないわね」
キアラは想定外の事態ばかりが起こったことで、すっかり気分が高揚していた。
だから皇太子殿下にチップを渡すなどという、無礼極まりない行為を認識できていなかったのだ。
(まさか皇太子の俺が伯爵令嬢から銀貨をいただくとはな。これは記念にとっておこう)
そしてレオナルドは、この滑稽な状況を楽しんでいた。生まれて初めて恵んで貰った物質的対価は、よく磨かれてピカピカと輝いていた。