パパLOVE
「櫻井さん、挨拶できるかい?」

この時は、まだ両親の離婚が正式に決まっていなかったので父方の性を名乗っていた。

「はっ‥は…い」

先生は私の吃音症を知っているから無理に自分で自己紹介をする必要はないと事前に言ってくれていた。

でも、私は自分で挨拶がしたかった。

たとえ上手に話すことが出来なくても。

「わっ‥わ…わ…たし……は…」

これは私にとってはいつもの私だった。

でも、初めて私を見た人からしたらきっと変だと思ったに違いない。

案の定、全く挨拶が出来ない私を目の当たりにして教室が静まり返っていた。

「みんな、彼女は櫻井泉水さんて言います。ちょっと緊張してるみたいで上手く挨拶が出来なかったけど、みんな仲良くしてあげてくれな」

直ぐさま先生が助けに入ってくれた。

そして先生は私を席まで連れて行ってくれた。

「ここが君の席だ。何かわからないことがあったら、隣の席の西島くんに何でも聞くといい」

私は何も言わず小さく頷いた。

「初めまして、西島って言います。よろしくね」

椅子に座ると、隣の席の人から声をかけられた。

笑顔が素敵な好青年だった。

とても優しい雰囲気が溢れていた人だった。

それから数日間は転校生の私に多くのクラスメイトが話しかけてくれた。

でも…私は思っていることが言葉に出来なかった。

全く上手く話せなかった。

会話にならなかった。

当然の如く、徐々に私に話しかけてくる人はいなくなっていった。

私の話すペースに合わせてくれる人なんていない。

前の学校でもそうだった。

小学、中学、高校と私と真剣に向き合って話してくれる人なんて誰もいなかった。

ただ、あの2人だけは違っていた。

隣の席の西島くんと、彼の友達の飯田くん。

この2人は私に話しかけてくれるだけでなく、私が話すのを根気強く待ってくれた。

私が話し終えるまで決して口を挟まなかった。

こんな人が世の中にいるなんて思ってもみなかった。

信じられなかった。

本当にありがたかった。

嬉しくて涙が出そうになった。
< 114 / 377 >

この作品をシェア

pagetop