龍神様のお菓子

婚約者の言伝

 一日の営業を無事に終えた龍青は疲れ切った表情でイートインコーナーの椅子に腰掛けていた。高橋はもちろんこと、一茶や、桜も既に帰宅してしまった後である。
 龍青は一つ溜め息を吐くと、その重たい頭を椅子の背にもたげた。あたりは静寂に包まれており、彼に声をかける者はいない。しかし、龍青の耳元には雅の声がこだましていた。

「精々あと二年じゃー」

 店外へと引っ張り出された雅は乱れた服装を整えると、意地悪そうに呟いた。

「あと二年、そしたらあの小娘はそこにおる若者と結婚する。そして、大学を卒業し、子どもが生まれる。子供は男と女、二人じゃ。四十代までは幸せな家庭を築き、その後脳梗塞により突然死する」

「黙れよ、殺すぞ」

龍青は雅を睨みつける。

「おや、お主も見えているだろうに。あの小娘の一生が、それとも、見て見ぬふりをするつもりか?」

 雅は目を細める。神として生き続ける彼らは人間の簡単な一生を見ることができる。故にその人間の寿命、結婚相手、子供、死因など実に様々な事が手に取るようにわかるのだ。

「てめぇは、んなこと言いに来たのかよ」

「いつまでも人間の小娘にうつつを抜かしておる婚約者の為に釘を刺しにきたんじゃ。お主はどう足掻いてもあの小娘と一緒にはなれぬ」

 雅はそう言って微笑む。口元が綺麗な弧を描き、まるで人形の様である。

「俺はお前と結婚する気はねぇ」

「ほう、ではあのふざけた店は潰してしまって構わないな?」

「…」

「忘れるなよ、龍青。お主が昔の仲間と共にあのふざけた店を持てているのは他でもない、妾のお陰であるということを」

雅はどこか、勝ち誇った表情で龍青の顎に手を添える。

「お主をどうするかは妾が決める。いい加減あの小娘から手を引け。でなくば本気であの者の輪廻を断ち切るぞ」

「いい加減にしろよ、本気で噛み殺すぞ」

「ほう、では首に毒でも塗って待とうではないか」

 お互い、睨み合ったその姿は遠目から見れば恋人同士の逢瀬の様にも見える。

「妾が言いたいことはそれだけじゃ、まぁ、精々あと二年楽しめ。それまでは待ってやる」

雅はそう言うと、音もなく姿を消した。
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