龍神様のお菓子
「いらっしゃい…」

入店早々、一茶と桜に天然記念物でも見る様な表情をされた。

「どうも、今日…バイトいいっすか?」

しかし、昴はそんな事お構いなしに要件を伝える。
一茶と桜は一瞬、顔を見合わせるも直ぐにいつもの調子に戻って「もちろん!」と微笑んだ。

「いやー、もう来ないかと思っちゃったよ!」

 桜はそういうと夢香に抱きつく。意外と歓迎されていることに夢香は気恥ずかしくなると、「突然ですみません」と小さく呟いた。

「いや、いや、嬉しいよ、また来てくれて!」

一茶はいつも通り人の良さそうな表情で二人を歓迎する。

「これであいつの機嫌も少しは良くなってくれるといいんだけど……」

「誰の機嫌がだって?」

 一茶の言葉に、調理場から不愉快そうな表情をした龍青が姿を現した。

「おや、今日は珍しく調理場から出てきたんだね。いつもは引きこもりみたいに引きこもってたくせに」

「あ?んだと、テメェらがバカスカ売りまくるからこっちがクソ忙しくなるんだろうが…」

 いつも通り、毒舌全開といった様子の龍青だが、心なしか目の下に隈が出来ているように見える。

「それより、うるせぇな。一体誰が…」

 龍青は髪の毛を掻き上げると、夢香の存在に気づいたのか少し驚いた様な表情で目を見開く。

「んだよ…、お前かよ」

 意外にも冷たい反応に、夢香は表情を曇らせる。やはり、迷惑だっただろうか…。しかし、できるだけ明るく「お久しぶりです」と挨拶をした。

「うっす…、元気そうじゃん」

 どことなく余所余所しい態度が気になったが、本来はこれくらいの距離感が普通である事を自分に言い聞かせる。

「はい、お陰様で。いつ来てもいいという事でしたので少し間は空きましたが、またよろしくお願いします」

 夢香の言葉に龍青は「あぁ、そうだったな」とだけ呟くと早々に表の方へと出ていってしまった。

「あれは照れ隠しだから、別に気にしなくていいよ松木さん」

二人のやりとりを見ていた一茶が言った。

「べ、別に気にしてません…」

 どこか、見透かされている様な気がした夢香は慌てて更衣室へと逃げこむ。

別に気にしてなんかいないー。

 この前の女性が一体誰だったのか、何故、皆んなが自分のことを昔から知っている様に喋るのか、何故、初めて会った時、龍青は自分のことを抱きしめたのか、

そんな事、別に気にしてないー。
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