龍神様のお菓子
 久々の制服に袖を通すと、ふんわりと洗剤のいい香りがした。洗濯にも出さずにロッカーの中へ放置していただけなのに何故だろう。

夢香は小さく首を傾げる。

「それ、クリーニングだしといたから」

更衣室で固まっていると、桜が様子を見に現れた。

「え、わざわざ出してくださったんですか?」

一、二度しか着ていないのにと夢香は驚く。

「まぁ、龍青がうるさかったからね」

桜はそういうと、鞄から可愛い包装紙に包まれた飴玉を取り出す。

「はい」

 おもむろに、その飴玉を夢香へと差し出すと「一つあげる」と言って微笑んだ。

「あ、ありがとうございます…、可愛いですね」

 えんじ色の包み紙を開くと、赤色の綺麗な飴玉が姿を現す。

「この前のバレンタイン商戦の時にウチで売り出した飴なんだ。名付けて「恋玉」っていうの」

 桜はそれを口に放り込むとコロコロと口の中で転がす。夢香も同じ様に口へと放り込むと、ほんのりとりんごの甘味が口の中に広がった。

「おいしい…」

「でしょ、龍青が三日三晩考えて作った飴なんだ。ま、パッケージデザイン考えたのは私と一茶だけど」

「龍青さんが…」

夢香は龍青の名前が出た事に少し驚く。

「意外でしょ、あいつさいつもあんな感じだけど、菓子作りに関しては結構丁寧なんだよね。まさか、バレンタインに飴って発想は無かったけど、意外と女子にウケてたし」

 桜の言葉に夢香は頷く。確かにバレンタインといえばチョコレートの様な気もするが、チョコレート程甘くないそれはどこか夢香の心をほっとさせた。

「龍青はさ、ちょっと諦めてたんだよね」

桜が唐突に呟いた。

「諦める?」

「そ、あんたがここに来ること」

桜はそう言ってロッカーに背を預ける。

「た、確かに昴くんに言われるまでは来るか、どうか迷ってましたけど…」

「いや、そうじゃなくて。今世で君と出会うこと」

「今世?」

桜の言葉に夢香は戸惑う。

「だから、沢山菓子を作って、色んな人に売って、ようやく君を見つけたんだよ。ほんと執念だよ。だからこそ、雅が来た時には少し参ってた」

何のことを、言っているのかー?

「桜さん、それってどういう…」

夢香が桜に尋ねようとしたその時ー、

「おい!桜!何やってんだ!ホール忙しいから手伝え!」

突然、龍青が更衣室の外から大声で叫んだ。
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