龍神様のお菓子
蛇男と柚饅頭の失敗
「おや、似合ってるね」
更衣室で着替えを済ませた夢香が店舗へと顔を出すと、今度は見慣れぬ男性が立っていた。
「えっと、初めまして。松木夢香といいます」
夢香は再び頭を下げると、男は「うん、知ってるよ」と優しく微笑んだ。
「私は蛇目一茶《じゃのめ いっさ》宜しくね、松木さん」
不思議な人だな、と思いながらも夢香は優しげな雰囲気の一茶に小さく頭を下げる。
「そういえば、龍青を見なかった?」
「龍青さんなら、先ほどまでそこの机に座ってたはずですけど…」
そう言って店舗に備え付けられているイートインコーナーの椅子を指差す。
「おや、そうだったのか」
一茶は困った様に待っていたペン先で自身の頭を掻くと、分かりやすく、ため息を吐いた。
「どうかされたんですか?」
「あぁ、いやね、材料の発注書が今日までだったからサインが欲しかったんだけど…」
一茶はそう言って手元の書類を夢香に見せる。そこには小豆の銘柄や砂糖の種類、グラム数まで事細かに記されていて、原材料にかなり力を入れていることが伺えた。
「だから、いらねぇって!俺はあんたん所の柚だけでいいの、ジュースとかいらねぇの!わかる?!」
突然、大声がしたかと思えば目当ての人物が御手洗から出てきた。どうやら取引先からの電話に対応?していたらしい。
「ったく!どいつもこいつも、余計なもん売りつけやがって!」
龍青は乱暴に電話を切ると、イートインコーナーの椅子にドカリと腰掛ける。
「龍青。取引先の方に暴言を吐くのは頂けないな」
一茶は注文書を龍青へと渡すと、まるで親のように先ほどの言葉遣いを注意する。
「んなの、あっちの責任だろ。下手に出てりゃ付け込みやがって、あんなのが居るから余計な在庫抱えちまう店が出てくるんだろうが」
「だが、あちらも商売だからね」
「んだよ、お前はああ言う奴と商売したいわけ?」
「そんなこと言ってないだろ、私は一般論として…」
「でたでた、一茶ちゃんの一般論。まじでそう言うのだりぃから…」
「龍青、お前は本当に昔からムカつく野郎だね」
「んだよ…、やんだったら表でろや」
「いいだろう。ここはもう一度接客の基礎を教えてやる必要があるようだね」
「ちょ、あの、二人とも…」
明らかに、ヤバい雰囲気を感じ取った夢香は慌てて口を挟もうとする。しかし、それは突然開かれた扉の音によってかき消された。
驚いて扉の方を見ると、50代くらいの女性が不安そうな表情でこちらの様子を伺っている。
「椿庵さんってこちらかしら?…」
女性は気不味そうに、先程まで不穏な雰囲気だった男二人を交互に見つめる。突然の来客に龍青と一茶は慌てて居住まいを正すと、何事もなかったかの様に「「いらっしゃいませ」」と元気よく口を揃えて挨拶をした。
「あら、良かったわ。お友達から聞いて来たものだから…」
女性は安心した表情で綺麗に結い上げられた髪に触れる。
「本日はどんな物をお探しでいらっしゃいますか?」
一茶は慣れたように、女性へと声をかけると先程までの怒りなど忘れたかの様に優しく微笑んだ。
「実は今度夫の四十九日ですの、その時に来てくださる皆様にお菓子をと思いまして」
「それは、ご愁傷様でございます。今なら季節物の柚饅頭などがお勧めでございますが、いかがでしょうか?」
「あら、柚を使ったお饅頭なの?それとっても気になるわ」
「では、ご試食をお持ちします。松木さん!」
突然名を呼ばれた夢香は「はい!」とやけに大きな声で返事をする。
「裏の冷蔵庫から柚饅頭の試食をとって来てくれないかい?」
「か、かしこまりました!」
突然振られた仕事を思わず承ってしまった夢香は慌てて調理場へと移動する。しかし、キッチンには沢山の冷蔵庫が並んでいてどれに入っているのか全くわからない。誰か尋ねる人は居ないかと慌てふためくも、キッチンはもぬけの殻である。
『何で誰もいないのよ…』
内心焦りながらも、右端の冷蔵庫を開けてみる。
「柚子、柚子…」
一通り引き出しを引っ張ってみるが、こう言う時に限って目当てのものが見当たらない。無駄に過ぎていく時間に泣きそうになっていると、突然左隣の冷蔵庫か勢いよく開かれた。
「基本、試食は左端な。そっちは材料庫だから俺以外開けちゃダメ。はい、これ持ってって」
「龍青さん…」
「ほれ、早く。お客さん待ってんぞ」
「は、はい!」
龍青に差し出された試食を受け取ると夢香は急いで、先ほどの女性の元へと戻った。
「す、すみません!遅くなりました!」
そう言って女性に柚饅頭を差し出すと、「あら、いいのかしら?」と小首を傾げられる。
「松木さん、ご試食はお皿に乗せて1/4に切ってお出しするんだ。それだと商品を丸々一個渡してしまう事になるからね」
一茶は少し困った表情で笑うと、女性も同じように微笑んだ。
「新人さん?初々しくていいわね」
「す、すみません!すぐに切って来ます!」
「いや、もう構わないよ。今日は特別にお渡しして」
慌てふためく、夢香に一茶と女性は微笑んだ。
更衣室で着替えを済ませた夢香が店舗へと顔を出すと、今度は見慣れぬ男性が立っていた。
「えっと、初めまして。松木夢香といいます」
夢香は再び頭を下げると、男は「うん、知ってるよ」と優しく微笑んだ。
「私は蛇目一茶《じゃのめ いっさ》宜しくね、松木さん」
不思議な人だな、と思いながらも夢香は優しげな雰囲気の一茶に小さく頭を下げる。
「そういえば、龍青を見なかった?」
「龍青さんなら、先ほどまでそこの机に座ってたはずですけど…」
そう言って店舗に備え付けられているイートインコーナーの椅子を指差す。
「おや、そうだったのか」
一茶は困った様に待っていたペン先で自身の頭を掻くと、分かりやすく、ため息を吐いた。
「どうかされたんですか?」
「あぁ、いやね、材料の発注書が今日までだったからサインが欲しかったんだけど…」
一茶はそう言って手元の書類を夢香に見せる。そこには小豆の銘柄や砂糖の種類、グラム数まで事細かに記されていて、原材料にかなり力を入れていることが伺えた。
「だから、いらねぇって!俺はあんたん所の柚だけでいいの、ジュースとかいらねぇの!わかる?!」
突然、大声がしたかと思えば目当ての人物が御手洗から出てきた。どうやら取引先からの電話に対応?していたらしい。
「ったく!どいつもこいつも、余計なもん売りつけやがって!」
龍青は乱暴に電話を切ると、イートインコーナーの椅子にドカリと腰掛ける。
「龍青。取引先の方に暴言を吐くのは頂けないな」
一茶は注文書を龍青へと渡すと、まるで親のように先ほどの言葉遣いを注意する。
「んなの、あっちの責任だろ。下手に出てりゃ付け込みやがって、あんなのが居るから余計な在庫抱えちまう店が出てくるんだろうが」
「だが、あちらも商売だからね」
「んだよ、お前はああ言う奴と商売したいわけ?」
「そんなこと言ってないだろ、私は一般論として…」
「でたでた、一茶ちゃんの一般論。まじでそう言うのだりぃから…」
「龍青、お前は本当に昔からムカつく野郎だね」
「んだよ…、やんだったら表でろや」
「いいだろう。ここはもう一度接客の基礎を教えてやる必要があるようだね」
「ちょ、あの、二人とも…」
明らかに、ヤバい雰囲気を感じ取った夢香は慌てて口を挟もうとする。しかし、それは突然開かれた扉の音によってかき消された。
驚いて扉の方を見ると、50代くらいの女性が不安そうな表情でこちらの様子を伺っている。
「椿庵さんってこちらかしら?…」
女性は気不味そうに、先程まで不穏な雰囲気だった男二人を交互に見つめる。突然の来客に龍青と一茶は慌てて居住まいを正すと、何事もなかったかの様に「「いらっしゃいませ」」と元気よく口を揃えて挨拶をした。
「あら、良かったわ。お友達から聞いて来たものだから…」
女性は安心した表情で綺麗に結い上げられた髪に触れる。
「本日はどんな物をお探しでいらっしゃいますか?」
一茶は慣れたように、女性へと声をかけると先程までの怒りなど忘れたかの様に優しく微笑んだ。
「実は今度夫の四十九日ですの、その時に来てくださる皆様にお菓子をと思いまして」
「それは、ご愁傷様でございます。今なら季節物の柚饅頭などがお勧めでございますが、いかがでしょうか?」
「あら、柚を使ったお饅頭なの?それとっても気になるわ」
「では、ご試食をお持ちします。松木さん!」
突然名を呼ばれた夢香は「はい!」とやけに大きな声で返事をする。
「裏の冷蔵庫から柚饅頭の試食をとって来てくれないかい?」
「か、かしこまりました!」
突然振られた仕事を思わず承ってしまった夢香は慌てて調理場へと移動する。しかし、キッチンには沢山の冷蔵庫が並んでいてどれに入っているのか全くわからない。誰か尋ねる人は居ないかと慌てふためくも、キッチンはもぬけの殻である。
『何で誰もいないのよ…』
内心焦りながらも、右端の冷蔵庫を開けてみる。
「柚子、柚子…」
一通り引き出しを引っ張ってみるが、こう言う時に限って目当てのものが見当たらない。無駄に過ぎていく時間に泣きそうになっていると、突然左隣の冷蔵庫か勢いよく開かれた。
「基本、試食は左端な。そっちは材料庫だから俺以外開けちゃダメ。はい、これ持ってって」
「龍青さん…」
「ほれ、早く。お客さん待ってんぞ」
「は、はい!」
龍青に差し出された試食を受け取ると夢香は急いで、先ほどの女性の元へと戻った。
「す、すみません!遅くなりました!」
そう言って女性に柚饅頭を差し出すと、「あら、いいのかしら?」と小首を傾げられる。
「松木さん、ご試食はお皿に乗せて1/4に切ってお出しするんだ。それだと商品を丸々一個渡してしまう事になるからね」
一茶は少し困った表情で笑うと、女性も同じように微笑んだ。
「新人さん?初々しくていいわね」
「す、すみません!すぐに切って来ます!」
「いや、もう構わないよ。今日は特別にお渡しして」
慌てふためく、夢香に一茶と女性は微笑んだ。