龍神様のお菓子
 商品を無事お買い上げした女性が店を後にする頃、夢香は本日の失態に肩を落として凹んでいた。

「松木さん、さっきはごめんね。てっきり龍青から一通り説明を受けてると思ったんだけど、まだ何も聞いてなかったんだね…」

 落ち込む夢香を前に申し訳なさげに謝罪する一茶に「いえ、私のほうこそ色々とすみませんでした…」と燃え尽きたボクサーの様に返答する。

「そんなに落ち込むことないよ。知らなかったんだから仕方がないさ」

「でも、普通に考えればわかる事ですよね…」

今にも泣き出しそうな様子の夢香に一茶は優しく肩を叩く。

「君はわからないながらも一生懸命動いてくれた。悪いのは龍青さ」

「一茶さん…」

 優しい一茶の慰めに、少し凹んだ気分が戻りかけた夢香だったが、それも束の間、キッチンから出て来た龍青の一言によって再び奈落の底へと突き落とされる。

「いやーうけたわー!お前のテンパリ具合」

 今まで事の成り行きを見守っていたのか、ゲラゲラと腹を抱えて姿を現した龍青の言葉に夢香は押し黙る。

「…」

「おい、龍青。そもそもお前が何も説明してないせいだろ。謝れ」

「は?勝手に勘違いした一茶のせいだろうが、それにんな事普通に考えればわかるだろ」

ごもっともな発言に夢香は悲しくなる。

「松木さんは今日が初めての出勤だ。いくら何でもそこまでは察せないさ。それにそんないい方酷いんじゃないか」

「何必死になってフォローしてんだよ、そう言うお前の発言が一番人の心抉ってんの気付かねぇわけ?」

「なんだと?」

「おー、怒った、怒った、じゃあさっきの続きでもしますか」

「死んでも文句言うなよ」

「ほざけ、こっちのセリフだ」

 今度こそ、本気でやりあうつもりなのか、二人は夢香の事などお構いなしに、睨み合う。しかし、今の夢香にそれを止める心の元気はない。勤務時間はまだあるが、一刻も早く帰宅してしまいたいと落ち込んでいると、突然背後でパチンと手を合わせる音が響いた。

 振り向くと、そこには呆れた表情をした桜が小蝿でも払うかの様に手を何度か叩いて姿を現した。

「お前ら、いい加減にしろよ、年中年柄喧嘩してんじゃねえ…。特に龍青!」

 桜は思い切り龍青の姿を指差すと物凄い剣幕で近づいていく。

「あんたが今まで経費で無駄使いした分、納める覚悟はできてんだろうな?」

「…覚えがねぇーな」

 ハテ?と首を傾げる龍青に桜は大声を張り上げる。

「しらばっくれんなよ…、あんたがよくわかんねぇもんポコポコ買ってくるからこっちはギリギリの経費で材料調達してんだよ!」

 初対面の印象とは凡そかけ離れた桜の姿に夢香は小さく肩を震わす。

「嫌だなー、僕は仕事に必要な事にしか使ってないよ」

「じゃあこの前Amazo●で届いた、デラックスカードパックは燃やしていいんだな?」

「は?駄目に決まってるでしょ。あのカードパック販売五分で売り切れたレア物だよ?馬鹿なの?」

「和菓子屋にレアカードはいらねぇんだよ」

「やっぱり、今後は子供達にも和菓子の良さを理解してもらわないと」

「だからってバトルカードで吊るやつがいるか!」

「えぇー、桜のイケズー」

「子供達向けに和菓子を売るなら、ゲーム内アイテムプレゼントとかの方がいいんじゃないかい?」

「一茶、あんたが喋るとややこしくなるから黙ってて」

「おぉ!一茶ちゃん、天才!じゃあ先ずは今流行りの新作ソフト揃えねぇとな!」

「ソフトなら君が沢山持ってるだろ?」

「わかってねぇな…レアアイテム出すには最低でもソフトが10本は必要なんだよ」

「なるほど…」

「なるほどじゃねぇ!!」

 目を吊り上げてキレる桜を他所に話の花を咲かせる二人に先ほどの不穏な雰囲気は見当たらない。なんだか、話についていけない夢香はポツンとどこか取り残された気分のまま就業時間を迎えることになった。

なんか、私…、ここ向いてないかもー。
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