助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね
 耳に心地よい小鳥の囀り。遠くに手を繋いだ親子連れの農民が、ゆっくりと歩いてゆくのが見えた。
 小さくてのどかな村だ。村人はきっとお互いにできることを協力し、支え合って生きているのだろう。
 ごく平凡な日常しか繰り返されないような、そんな場所。しかしそれでも、なにかきっかけがあれば激変してしまうこともある。

 ――昨夜、シーベルを酒の相手に、べネアは夜遅くまで話していた。
 小麦粉の運び手をしていた旦那さんが、ずいぶん前に馬車同士の事故で帰らぬ人となったこと。
 幼かったハーシアを育てるため、旦那さんの仕事を継いで、なんとかやっていけるようになるまで相当苦労したこと。今も税を払うのがやっとの生活らしく、身受けの話も来たらしいが、彼女は断ったらしい。やはり、表面上は割り切ったように見えても、中々一度愛した人は忘れられるものではないようだった……。

 メルはその後、ハーシアの部屋で隣に並んで寝ながら彼女の話をたくさん聞いた。
 幼い頃ハーシアは、父親が亡くなった事実をしばらく受け入れられなかったらしい。
 そして、それを伝えに来た時のベネアの泣き顔を、彼女は今もよく覚えていると。

『それ以来、ずっと母ちゃんが泣くところをあたしは見てない。だからあたしも泣かないようにしようって。あたしが母ちゃんを元気にさせてやんないとって思ったんだ……』
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