助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね
 逃げるように目を逸らし、すべてが時に流されるのを待っていることしか。

 ――いつもそうだ。私は、つらいことから逃げてる。

 自分を捨てた姉と戦うこともなく。祖母の死について……運命を呪うこともなく。
 そして今回も、怖ろしいものが立ち塞がった途端、目を塞いだ。逃げ出した。

 ――もういい。

 このまま目覚めたくないと思った。どうせ抗ったとて、徒労――苦しむだけに終わるのだから。それよりも、この安らかな気持ちを抱いたまま、朝日に飲まれる影のように消えてしまえたら。
 すべてを、忘れてしまいたい。

 闇夜に揺らめく灯火のように微かに浮かぶ多くの記憶たち。
 魔女として交流のあったサンチノの街の人々や、旅の間に出会ったべネアやハーシア、そしてシーベルなどの姿が遠ざかる。そして、なによりも大切であった、祖母の記憶さえもが……小さくなってゆく。
 しかし、それでもメルはもう動けなかった。
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