助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね
 知っていたのだ、彼女はザハールが目の前の人の息子だということを。

「……恨みはないが、死んでもらう」

 そして例え利用されていると分かっていても、魔術師は――。

「お願いします、話を聞いて下さい! ザハール王子は知っているんですか、このことを」
「知る必要などない……いや、知ってはならないのだ。お前も、消えてもらう」

 その手に黒い魔力が集まってゆくのが、メルに見え始めた。それはおそらく、城内に集まった多くの人々の心の奥にある、不安、憎しみ、嫉妬などという暗い気持ちをもとにしたもの。
 魔術師はそれを、今まさに壇上に立ったラルドリスへと解き放った。
 それからはひとたび取り憑けば、ただちに心を壊すと想像できるような、圧倒的な凶兆が漂う。

「させない! 『清らなる泉の水……悪しき魂を浄め、正しき生命の輪へと還したまえ』!」

 メルは隠し持っていたポーチから小瓶を取り出し、家から持ってきていた森の奥にある深泉の雫を一気にぶちまける。澄んだ飛沫は虹のきらめきを放つと、水のカーテンと変わり、バチバチと黒い弾丸を散らせる。
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