助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね
 屋敷から出るため、裏口に集まったこの大概失礼な男どもに眉をひくつかせつつ、メルは摘まんでいたドレスの裾を下ろす。
 にしてもさすが公爵家。侍女の服といえど着心地は決して悪くない。
 一般的なものとは異なり、うっすら光沢のある黒地の詰襟ドレスやよくなめされた革シューズからは、そこはかとなく高級感が漂う。腰から伸びるエプロンも絹製で、さりげなく手の込んだ刺繍が美しく、普段使いにはそぐわない代物だ。

 今までローブの中に押し込めていた豊かな栗色の髪も品よく纏められ、レースで縁取られた白キャップの中に収められた。こうしていると、少しだけ貴族の家で暮らしていた頃の窮屈さを思い出す。
 それが伝わったのか、チタも落ち着かなげにエプロンのポケットから顔を出し入れしていた。

「……だいぶ陽が出てきた。このくらいなら足元も見えるはずです。さあ、気付かれない内に出るとしましょう」

 浮かない気持ちを振り切り、荷物を移し替えた革の旅行鞄を持ち上げると、目の前のシーベルがラルドリスに頷きかけた。嘶きと共に、使用人たちが用意した一台の馬車が曳かれてくる。

「ではおふたりとも、心残りはございませんね?」

 シーベルが最後の意思確認を行う。結局王都へはこの三人だけで向かうようだ。
 余計な人員を連れることで、動きが制限されることや、裏切り者を潜ませないための処置だろう。危険な旅路であることはっきりさせ、特に彼は部外者のメルに強い視線を投げかけた。
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