「恋愛ごっこ」してみないか?―恋愛のしかたを教えてあげる!

第11話 本当の恋愛の始まりー記念に一緒の写真を撮ってください!

次の日、沙知と廊下ですれ違った。いつものリクルートスタイルだ。すれ違いざまにニコッと微笑んでくれる。幸せな気分になる。仕事がはかどりそうだ。

昼食時に食堂で山本君に小声で話かけられた。

「吉岡さん、見ましたよ。後輩の上野さんと付き合っているのですか?」

「昨日の晩だろう。相談に乗ってほしいと言われて一緒に飲んだ。彼女が酔ったので抱きかかえて駅まで一緒に歩いただけだけど」

「ずいぶん親しそうに見えましたけど」

「知ってのとおり、先輩と後輩の間柄だ。変な噂を立てないでくれ。彼女に申し訳ないからな」

「でも、この前忠告しただろう。放っておくと誰かに取られてしまうから、その気があったら早めに対応したほうがよいですよ」

「ああ、忠告ありがとう」

自分から付き合っているというのもはばかられたが、本当はもうすでに対応済みだと言いたかった。そうじゃなければ、今頃、心配で仕事が手に付かなかっただろう。

◆ ◆ ◆
火曜日の夜に沙知から電話があった。

「昨晩はありがとうございました。ところで次のデートの予定を決めたいのですが、よろしいですか?」

「望むところだけど」

「恋人同志なら月一回はないですよね」

「そうだね。毎日会社で会えるけど、毎週でも外で会いたい」

「それじゃあ、今週の土曜日に鎌倉へ行くのはどうですか?」

「いいね」

「時間と集合場所ですが、早めでよければ、午前8時に溝の口駅のJR方面の出口でどうですか?」

「了解した。楽しみだね」

「お天気になればもっといいけど」

「雨なら、場所の変更もありで」

「分かりました」

◆ ◆ ◆
土曜日は快晴の上天気になった。少し暑くなりそうだ。沙知は約束の時間に軽快なスタイルで現れた。

白っぽいスカートにこの前と同じ白いスニーカーを履いて、白い半袖のポロシャツ、ピンクのリュックサックを背負っている。それにピンクのハットをかぶっている。これがショートのヘアによく似合っている。

僕はカッターシャツにコットンパンツ、歩きやすいようにスニーカーにした。気が合うというか、ほぼ同じスタイルになっている。

「お弁当におにぎりを作ってきました。お昼に食べてください」

「いつもありがとう」

二人はJRの溝の口から川崎へ出て、横須賀線に乗り換えて、北鎌倉で降りた。晴天の土曜日だから電車は混んでいたので、話はできなかったが、沙知は僕に身体を寄せてきて、幸せな気持ちでいられた。

北鎌倉から歩いて途中のお寺などに寄りながら鎌倉の鶴岡八幡宮へ向かった。明月院でアジサイを見た。丁度見ごろだった。鶴岡八幡宮でお参りをしてから境内でお弁当のおにぎりを食べた。

僕に大きめのおにぎり3個、沙知は小さ目のおにぎり3個、分けて包んであった。おにぎりの具は鮭と昆布とおかかだった。水筒を取り出して、カップにお茶を注いでくれた。

沙知と元カノを比べては申し訳ないが、元カノはこういうのを好まなかった。いつもその場所の有名店を調べてきていて、そこの昼食やスイーツを好んだ。そしてそれを写真に撮ってインスタに上げて嬉しそうにしていた。また、その費用はすべて僕が負担していた。

始めのうちは彼女が喜ぶのを見て僕も嬉しかったが、段々と負担に思うようになった。僕は味覚が良い方なので、値段の割に料理の味はそこそこでスイーツも同じように思った。

沙知はいつも僕のために早く起きてお弁当を作って来てくれる。味つけもとても上手で、心が籠っているので食べているとそれが伝わって幸せな気持ちになれる。横に座って食べている彼女を見ると抱き締めてお礼を言いたくなる。

「おにぎりどうでしたか?」

「とてもおいしかった。いつも心のこもったお弁当ありがとう」

「ただのおにぎりですが、そう言われると作った甲斐があります」

水筒と包装紙をリュックにしまうと、二人はまた手を繋いで歩き始めた。そして参道の回りの店を見て回る。

「何か記念になるものでもプレゼントさせてくれないか?」

「必要ないです。その代わり記念に一緒の写真を撮ってください」

途中、沙知の写真を撮ってあげたが、一緒の写真は撮っていなかった。そばにいた人に頼んで、鶴岡八幡宮を背景に二人の写真を撮ってもらった。

沙知のスマホでも撮ってもらった。沙知はとっても嬉しそうにその写真を僕に見せてくれた。僕が沙知の肩をしっかり抱いた写真だ。彼女の表情がとても明るい。

「これからどこへ行きたい?」

「まだ、時間がありますから、由比ガ浜へ行ってみたいけど」

「ここから歩くと30~40分かかるから、鎌倉駅から江ノ電で由比ガ浜へ行こう。そこから歩いて海岸へ行けば良いみたい」

「そうしましょう」

由比ガ浜へ着いた。海の匂いがする。波はほとんどない。二人で手を繋いで海を眺めている。すると沙知はスニーカーを脱いで浪打際まで行った。それを僕は写真に撮ってあげた。

ここでも一緒に写真を撮りたいというので、近くの人に頼んで江の島を背景にして撮ってもらった。沙知は素足で僕はスニーカーを履いている写真だ。

そろそろ帰ろうと、僕は足が濡れて砂がついている沙知を座らせて、ハンカチで足を拭いてスニーカーを履かせてあげた。その間、沙知は嬉しそうに静かにしていた。

帰りは由比ガ浜から江ノ電に乗って藤沢へ抜けて、川崎から溝の口へ戻ってきた。川崎から溝の口までは座席に隣り合わせで座ることができた。

座るとすぐに沙知は僕の肩に寄りかかって眠った。疲れたんだろう。寝過ごすといけないので肩に沙知を感じながら心地よい疲労に浸っている。

溝の口に着いたので、沙知を起こしてあげる。

「これからどうする。食事をしようか?」

「ちょっと疲れたので、焼き肉を食べて元気をつけませんか? 安くておいしいところがあります。店はあまり綺麗ではありませんが、今日はこんな格好ですし、においも洗濯すればとれますから」

「そうしよう。案内してくれる」

駅前から歩いて5分くらいのところに古いビルがあった。その二階に焼肉屋はあった。沙知は適当に二人前くらいとごはんを注文してくれた。それとビールも頼んでくれた。

「ここは焼き肉が食べたくなった時にときどき一人で来ています。値段の割においしいです」

「良いお店を知っているね」

「女子が一人焼肉って、おかしいですか?」

「いやいや、女子も肉食系が多くなったと、ちまたでは言われている」

「それどういう意味ですか?」

「別に深い意味はないけどね」

ビールと肉が配膳された。カルビとロースが二人前ずつ。ビールで乾杯すると沙知は肉を焼いてくれる。焼き上がると二人で食べ始める。肉は悪くはない。おいしい。タレも良い味だ。ごはんと一緒に食べたくなる。

焼き肉がおいしいので二人は夢中で食べている。沙知はビールのコップが空くと注いでくれる。それから肉も焼いてくれる。焼き上がった肉も食べている。無言だ。

ようやく食べ終わった。やはり二人ともお腹が空いていたんだ。ようやくお腹が落ち着いたところで沙知はスマホの写真を嬉しそうに見ている。

「楽しかったね」

「思い出の写真です。今日を精一杯生きた証になります」

「大げさじゃないか? また、行こうよ」

「大げさではありません。だって、明日、私が生きている保証なんてありませんから」

「生きているさ」

「本当にそう言えるんですか? 父は一晩で亡くなりました」

「そうだったのか?」

「勉さんも明日はいなくなっていることもありえます。帰りに事故にあったりして」

「縁起でもない。僕は沙知さんのために今は死ねないし死なないから」

「誰も明日のことなんか分からないと思います」

「確かに、前にも言ったと思うけど、神様だけが知っていればよいことを僕は知ろうと思わない。ただ、今を精一杯生きていくだけだ。それに沙知さんのために事故にも合わないようにしてね」

「だから、私も一日一日を大切にして生きていきたいのです」

「ごめんね、不用意なことを言ってしまった。二人で毎日を大切にしていこう」

「そうおしゃっていただいて嬉しいです。この写真は二人が仲良く生きていた証になる思い出の写真です」

やはり勘定は割り勘にした。でも意外に安かった。沙知は安くておいしい店を知っている。二人は駅のホームで別れた。今日もまた楽しい良い一日だった。
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