奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました

【17】令嬢の服なんて分かるか!

 ――ドンドンドンッ、と音が鳴る。

「……うぅ」

 煩い。うるさい……。
 これは何の音? 扉を叩く音?

 というか、眩しい。
 まだ眠いのに瞼の裏が明るい……。

 ――ドンッ、ドンッ、とまた音が鳴る。

 頼むから静かにして。こっちは今疲れてるんだ。
 もう少しでいいから、このふかふかのベッドで寝かせて……。

 ……ふかふかのベッド?

「――っ!?」

 ハッと、目が覚めて飛び起きた。

 ここはどこ?
 レミーゼの屋敷の中だ。

 ということは、扉を叩くような音は恐らく、玄関に居るはずのテイリーによるものだろう。

 寝室のカーテンを開けてみる。
 窓の外は明るく、雲一つない青空が広がっている。どうやら疲れて眠っているうちに、朝になっていたようだ。

「レミーゼ様! そろそろ起きる時間ですが! 入ってよろしいですか? 入りますよ?」
「は、入らないで! 言われなくても分かっているわ!」

 レミーゼっぽい口調で返事をする。
 あたしの声がテイリーの耳に届いたのか、扉を叩く音が止まった。

「起きる時間って……」

 そもそも、今って何時?
 この世界って、時計はあるの?

 そう思って、寝室を見回してみる。すると、枕元に小さな時計が置いてあった。

「時計、あるんだ……」

 よかった。時間がはっきりと分かるのはありがたい。
 ……っていうか、まだ六時半なんですけど。

「二度寝したい……」

 欠伸が出る。
 ふかふかのベッドで熟睡したことで、昨日の緊張が和らいだのだろう。

 とはいえ、地下室には今もレミーゼの亡骸がある。昨日のテイリーの件もあるし、油断してはならない。

「……着替え、どこかな」

 ベッドから降りて、グッと背伸びをしてみる。
 縦長の鏡があったので、目の前に立って自分の姿を確認してみた。

「……うん」

 レミーゼだ。
 鏡にレミーゼ・ローテルハルクが映っている。

【変身】でレミーゼの姿形に変わったものの、その姿を実際に見たわけではなかったので、じっくりと見たのはこれが初めてだ。

「服、似合わないなぁ……」

 見た目は完璧にレミーゼなのに、奴隷服のままだ。
 テイリーは変なことを口走っていたけど、レミーゼに奴隷服は似合わない。ただ、それにしても……。

「……あたし、かわいいな?」

 っていうか、レミーゼってこんなに可愛かったっけ?

【ラビリンス】ではボスキャラだし、倒したあとは一切出てこないし、あたしが興味あるのは直属兵のテイリーの方だったから気にもしたことなかったけど、これなら人気が出るのも納得かもしれない。
 ネットだとレミーゼ専用掲示板がトップクラスの人気みたいだからね。

 一目見て分かるほどには、胸も大きい。
 現実のあたしと比べて、何から何まで段違いすぎる……。

「……悲しくない。悲しくないから」

 そうだ、別に悲しくなんてない。
 これだけ大きいと違和感しかないし、肩が凝って疲れてしまいそうだ。

 ……いやいや、鏡の前で見惚れている場合じゃない。
 どれでもいいから、ささっと着替えてしまおう。

 ついでに、お風呂にも入りたい。多少疲れは取れたけど、まだ体はボロボロだ。
 シャワーを浴びて湯船に浸かってゆっくりと心と体を休めたい……。

 時計を見る。
 お風呂に入る余裕は……あるかな。いや、無さそう。

 ああでも、せめてとりあえずトイレだけでも行っておきたい!

「トイレトイレ……っと」

 あたしは急いでトイレに……って、トイレどこ!?
 昨日案内してもらったのにトイレがどこにあるのか分からないんですけど!!

 違うっ、そもそも昨日はトイレがどこにあるのか教えてもらわなかった!
 だから記憶にないんだ!

 マズイ、昨日から一度もトイレに行っていないから、膀胱が破裂寸前に……!
 意識し出したら一気に我慢の限界に達してしまったらしい。

 は、早く見付けないと……ここ? ここか?
 ここだ!

「……ま、間に合った」

 奴隷の服を脱いで、ギリギリセーフ……だけど、色々と今までのあたしとは違う部分があって、何だか物凄く恥ずかしい……。

 でも、のんびり顔を赤くしている暇はない。
 テイリーに急かされているから早くしなければ……。

 そもそも、昨日は危機的状況をその場凌ぎで乗り切るために一芝居打ったわけだけど、冷静に考えたらレミーゼに成り済まして生活するだなんて、誰がどう考えても難問すぎる。

 ボロが出てテイリーに命を狙われる前に、さっさとアンとドゥを地下牢から解放して、あたしもこの成り済まし地獄から抜け出すことにしよう。

「それにしても……凄い服ばっかり」

 洋服部屋に足を運ぶと、そこには現実のあたしが一度も着たことのないような煌びやかなドレスの類が、ずらーっと並んでいた。

 これ、何着あるのかな?
 一つずつ数えるのも面倒くさくなるほどだ。

 ……というかこれ、普段着なの?
 あたしが着るような服がどこにも見当たらないんだけど……。

 レミーゼが着ていた服を思い出してみる。
 ここにあるドレスと似たような服を着ていた気がする。

「あたしが……ドレスを……?」

 試しに一着、掴んでみる。……うん、めちゃくちゃ重い。なにこれ鎖かたびら?
 こんなに重いドレスを着るなんて、さすがにごめんだ。動き辛いし着慣れていないし疲れてしまう。それにあたし一人で着られる気がしない。

 ドレスじゃないならどんな服でもいい。とにかく一番軽くて楽そうな服は無いものだろうか……あった! これにしよう、これなら楽に着ることができる!

 洋服部屋の端に畳んであった服を発見し、手早く着替えを済ました。
 そして足早に玄関へと向かう。

「お待たせ」
「いえ、それでは城に参りま……」

 あたしを見たテイリーが、何故か固まる。

「あの、レミーゼ様……? その恰好は……」
「なに? おかしい?」

 どうやらあたしの服が気になって仕方ない様子だ。
 ドレスではないけど、別段おかしくないはずなんだけど……。

「いえ、……それは寝間着ですが、本当にそのままでよろしいのですか?」
「っ」

 寝間着……これ、寝間着なの? 結構お洒落な見た目してるんだけど、寝る専用?

「……ね、寝ぼけていたわ。もう少し待っていなさい」
「畏まりました……」

 玄関の扉を閉めたあと、あたしは羞恥に頭を抱える。

 掻かなくてもいい恥を掻いてしまった。
 穴があったら入りたい……。

「……どれでもいい」

 ダメだ……もういい。
 上手く着ることができなくても構わないから、大人しく適当なドレスを見繕うことにしよう……。

「くっ、重い……! って、背中のチャック……!」

 顔を真っ赤にしたまま、あたしは目の前にあったドレスを掴んで、もそもそと着替え始めるのだった。
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