奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました

【34】これで二人目

 ここは【ラビリンス】とは違う。死んでもやり直すことができない。
 現実世界と同様に、常に死と隣り合わせの世界なんだ。

 故に、もう油断しない。
 全力を出してアルバータの息の根を止める。

「【閃光】」
「うぬっ、これは……!」

 一つ目。まずは相手の目を潰す。
 瞬間的に光を発することで、アルバータは思わず目を閉じた。

 これなら防御魔法も意味が無い。
 そして隙が生まれやすくなるので、次に繋げ易い。

「【落雷】」

 そして二つ目。視覚的に不利になったアルバータに対し、更に死角から攻撃を仕掛ける。
 発動すると同時に、アルバータの頭上から雷が落ちてくる。

「――ッ、【風盾/頭上】!」
「【光矢/五連】」

 あたしの声を聞いて咄嗟に発動したのだろう。
 頭上に防御魔法を展開したのは戦闘経験の高さが窺える。でも無駄だ。

「なん……だと!? ぐっ」

 三つ目。それはただの初級攻撃魔法。
 但し、五連続で放つから逃げ場はないけど。

 二つ目の【落雷】は囮で、三つ目の【光矢】が本命だ。
 それも一本ではなく五本なので、これをまとめて回避するのは困難だろう。
 そして、

「【稲妻/二連】」
「ッ!? 中級攻撃魔法の……連続攻撃だと……!!」

 四つ目。レミーゼが使っていた光魔法【稲妻】を二発連続でぶっ放す。

「グハッ、……くっ、【閃光】に【落雷】、それに【光矢】と……挙げ句には【稲妻】の二連とは……まるで我が娘を見ているかのようだ……!」
「あんたの娘、電撃魔法の使い手だったからね」

 まあ、もっとも、レミーゼはあたしほど上手く発動することはできなかったけど。

 五本の【光矢】のうち、三本までは避けることができたみたいだけど、残る二本が直撃していたアルバータは、その場に片膝をついていた。
 手負いに追い打ちをかけるべく、【稲妻】を発動してみせると、さすがのアルバータも表情を変える。

「いやはや……早い、この発動速度……杖も無しに、何故こんなにも早く、しかも連続発動することができるのだ……」
「あたし、人間じゃないから」
「ハッ! 化け物だとでも言うつもりかね!」
「違う違う、一度死んでるから幽霊ってことで」

 転生者=死者だからね。
 あたしは一度死んでるんだ。

「く、くくっ、これがきみの本気か……! 面白い、実に面白いではないか! これほどまでの強敵は過去に出会ったことがないぞ!」
「一人で勝手に盛り上がるのは勝手だけど、あたしにとってのあんたは強敵でも何でもないから」
「言ってくれるじゃないか! ――【風剣】ッ!! これできみを切り刻んで……」
「【解除/風剣】」
「なっ、……消されただと?」
「【奪取/魔杖】」
「――ッ!! わしの杖までもが……っ!」

 一つ一つ、詰めていく。
 ゆっくりと、でも確実に、逃げ場を削り取っていく。

 相手に何もさせない。何もできずに絶望する様を見て、そして終わらせる。
 それがあたしだ。

「【死雷】」
「っ、【反射】!」
「【解除/反射】」

 同じ過ちは犯さない。アルバータが発動した【反射】を【解除】で解く。
【反射】を消されたアルバータは【死雷】を避けることができずに直撃する。

「――ッ、がっ、……っ」

 遂に、その場に倒れ込む。
 その姿を油断せずに眺めて、あたしは口を開く。

「痛い?」

 聞く。もちろん返事の内容に興味はない。

「あたしさ、あんたの娘に拷問されて痛かった」

 淡々と告げる。
 魔力椅子で拷問されたときのことを……。

「でもさ、恨んだりはしなかったよ。あんたの娘のこと」

 そう。
 あたしはレミーゼのことを恨んではいなかった。

「だってさ、レミーゼはあたしにとって大好きな【ラビリンス】に登場するNPCの一人だったからね」
「っ、ぐうぅ……大好きな……NPC……?」
「分かんないでしょ? でもいいの。あんたはそれでいい。何も知らないまま死ぬのが一番幸せだから」

 もう、助からない。【死雷】を浴びたアルバータには、雷による死の苦しみが待っている。
 回復魔法を発動すれば危機を脱することもできるけど、もちろんそれを許すつもりはない。

「死ぬ前に、何か言い残すことはある?」

 ただただ、じわじわと、弱っていく様を監視する。
 もはや体を動かすこともできなくなったアルバータは、苦し気な表情を浮かべたまま、あたしを見上げて口を動かす。

「その、顔……その顔だ……」
「顔……?」
「つ、妻に……似ている……あぁ、わしを捨て……なぜ、あの男の……行ったのだ……だから、殺した……だから、娘だけでも……」

 それは絞り出すような声だった。

 妻に別の男ができて、逃げられた。
 そんな妻を許すことができず、己の手で殺めてしまった。

 これは、アルバータによる懺悔なのだろう。

 そして、レミーゼは若かりし頃の妻と瓜二つだった。
 だからこそ、レミーゼまでも失いたくない一心で、どんな願いであろうとも叶えてあげたのかもしれない。

 その結果、誕生したのが【拷問令嬢】のレミーゼ・ローテルハルク……。

「……さよなら、アルバータ公爵」

 ピクリとも動かなくなったアルバータを見下ろしたまま、そっと呟く。
 これで人を殺したのは二人目だ。

 一人目はレミーゼで、二人目がアルバータ。
 二回目ということもあってか、前回よりも動揺は少なかった。

 でも、それでも精神的にしんどい。
 地下室には、ローテルハルク親子の亡骸が並ぶことになった。

「……、……ふぅ」

 暫く時間をかけて、無理矢理に心を落ち着かせると、あたしは地下室をあとにした。

 ダメだな、限界が近い。
 もう一度だけ、あのベッドに横になろう。そして目が覚めたら、一つ増えた死体をあたしの手で葬らないと……。

 ベッドに腰掛け、そのまま倒れる。
 相変わらずこのベッドはふかふかだ。

 結局、その日はそのまま屋敷のベッドでうなされながら眠ってしまった。
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