奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました
【37】やっぱり臭います
嫌な夢を見た。
それは、あたしが迷宮研究所の部員に刺される夢だった。
「……無いんだよね」
これは地下牢で目覚めたときにも確認したことだけど、トロアとして転生したことが分かった今、傷跡が残っていないことに疑問はない。
そう言えば、あのときβテスターのアカウントのパスコードを音声入力したんだっけ。
でも結局のところ、ログイン状態の移動なんてできなかったんだよね。
あたしの場合、たまたま死の間際に【ラビリンス】のことを考えていたからトロアに転生できたのかもしれないけど、部員たちが信じていた噂は、ただの噂だったのだろう。
でも、その噂……いったい誰が何のために流したのだろうか。
「……うるさいな」
それにしてもうるさい。
屋敷の外があまりにも騒がしくて、あたしは夢から覚めていた。
昨日、ここで目覚めたときと同じように、今日もまた玄関の扉を叩く音が響く。
「テイリー? ちょっと静かにしなさいよ!」
延々と扉を叩き続けるので、苛々しながらもあたしは扉を開ける。
と、そこに立っていたのはレバスチャンだった。
「おぉ、お嬢様、やはりこちらに居られましたか」
「な、なに? どうしたのよ、そんなに顔をしかめて……」
息を切らしたレバスチャンは、あたしの顔を見て安堵したのか、深呼吸をする。
というか、今気付いたけど……まだ明日にはなっていなかったらしい。空を見上げれば、暗闇の中にぽつぽつと星が輝いているのが見える。
「旦那様はご一緒ですかな?」
「え? お、お父様が? ……あたし一人だけど、どうかしたの?」
「そうでございますか……実はこの時間になっても旦那様の姿が見えず、どこに行ってしまわれたのかと思いまして……」
「それって、その……行方不明ってことかしら」
「そうなりますな」
額の汗をハンカチで拭きつつ、レバスチャンは困ったような表情を作る。
その原因を作ったのは、間違いなくこのあたしだ。
「旦那様がどちらに居られるか、ご存じありませんか?」
「いや、あたしは……ちょっと分からないわね」
「左様ですか……」
もちろん、言えるわけがない。
この屋敷の地下室で、娘のレミーゼと二人、仲良く息絶えていますだなんてね。
「ううむ、では致し方ありませんが……お嬢様に旦那様の代わりを務めていただきます」
「お父様の代わりを? それ、何の話よ」
「聖地巡礼です」
「……まさか、フレアが来るのって……今日なの?」
「そのまさかですな」
レバスチャンの話によると、どうやら今宵、王国から聖女フレア・レ・コールベルがローテルハルク領を訪ねに来るらしい。
王国領土の聖地巡礼をすることが決まり、その手始めに選ばれたのが、隣接領のローテルハルクだった。
そこまでは知っている。
でもまさか、今日のうちに顔を見せに来るとは思いもしなかった。
何度でも言うけど、ローテルハルク領と王国は目と鼻の先の関係で、徒歩で半日あれば行き来できる距離だ。故に、時間がない。
「お嬢様が件の聖女とお会いしたくないのは存じておりますが、どうか少しの辛抱を……」
「辛抱ねえ」
苦虫を噛んで潰したような顔のまま、レバスチャンが頭を下げる。
さて、どうしたものだろうか。
レバスチャンは、レミーゼがフレアのことを敵対視しているのを知っている。
でも、今ここにいるレミーゼは偽者で、中身はあたしだ。元プレイヤーなので、立ち位置的にはフレア側ということになる。
つまり、わざわざ争いたいとか、これっぽっちも思っていない。
「話は分かったわ。すぐに用意を済ませるから、外で待っててちょうだい」
とにかく、いつまでも玄関で顔を合わせているわけにはいかないので、二つ返事で了承する。レミーゼとしての仕事が一つ増えてしまったけど、仕方あるまい。
これはレミーゼに成り済ましたあたしにしかできないことだ。
ローテルハルク領の未来のためにも、最後まで責任をもって成り済まそう。
「さあ、行きましょう」
支度を整えて、玄関を出る。
すると、レバスチャンが顔をしかめた。
「お嬢様……もしやまだ、体を清めておりませぬか?」
「あっ」
言われて気付いた。
今日も一日忙しすぎたので、結局お風呂に入ることができなかった。だから臭いが気になったのだろう。
あたしとレバスチャンとの間に、沈黙が流れる。
耐え切れなくなったあたしは、視線を逸らしながらも返事をする。
「……まずは、お風呂に入ることにするわ」
それは、あたしが迷宮研究所の部員に刺される夢だった。
「……無いんだよね」
これは地下牢で目覚めたときにも確認したことだけど、トロアとして転生したことが分かった今、傷跡が残っていないことに疑問はない。
そう言えば、あのときβテスターのアカウントのパスコードを音声入力したんだっけ。
でも結局のところ、ログイン状態の移動なんてできなかったんだよね。
あたしの場合、たまたま死の間際に【ラビリンス】のことを考えていたからトロアに転生できたのかもしれないけど、部員たちが信じていた噂は、ただの噂だったのだろう。
でも、その噂……いったい誰が何のために流したのだろうか。
「……うるさいな」
それにしてもうるさい。
屋敷の外があまりにも騒がしくて、あたしは夢から覚めていた。
昨日、ここで目覚めたときと同じように、今日もまた玄関の扉を叩く音が響く。
「テイリー? ちょっと静かにしなさいよ!」
延々と扉を叩き続けるので、苛々しながらもあたしは扉を開ける。
と、そこに立っていたのはレバスチャンだった。
「おぉ、お嬢様、やはりこちらに居られましたか」
「な、なに? どうしたのよ、そんなに顔をしかめて……」
息を切らしたレバスチャンは、あたしの顔を見て安堵したのか、深呼吸をする。
というか、今気付いたけど……まだ明日にはなっていなかったらしい。空を見上げれば、暗闇の中にぽつぽつと星が輝いているのが見える。
「旦那様はご一緒ですかな?」
「え? お、お父様が? ……あたし一人だけど、どうかしたの?」
「そうでございますか……実はこの時間になっても旦那様の姿が見えず、どこに行ってしまわれたのかと思いまして……」
「それって、その……行方不明ってことかしら」
「そうなりますな」
額の汗をハンカチで拭きつつ、レバスチャンは困ったような表情を作る。
その原因を作ったのは、間違いなくこのあたしだ。
「旦那様がどちらに居られるか、ご存じありませんか?」
「いや、あたしは……ちょっと分からないわね」
「左様ですか……」
もちろん、言えるわけがない。
この屋敷の地下室で、娘のレミーゼと二人、仲良く息絶えていますだなんてね。
「ううむ、では致し方ありませんが……お嬢様に旦那様の代わりを務めていただきます」
「お父様の代わりを? それ、何の話よ」
「聖地巡礼です」
「……まさか、フレアが来るのって……今日なの?」
「そのまさかですな」
レバスチャンの話によると、どうやら今宵、王国から聖女フレア・レ・コールベルがローテルハルク領を訪ねに来るらしい。
王国領土の聖地巡礼をすることが決まり、その手始めに選ばれたのが、隣接領のローテルハルクだった。
そこまでは知っている。
でもまさか、今日のうちに顔を見せに来るとは思いもしなかった。
何度でも言うけど、ローテルハルク領と王国は目と鼻の先の関係で、徒歩で半日あれば行き来できる距離だ。故に、時間がない。
「お嬢様が件の聖女とお会いしたくないのは存じておりますが、どうか少しの辛抱を……」
「辛抱ねえ」
苦虫を噛んで潰したような顔のまま、レバスチャンが頭を下げる。
さて、どうしたものだろうか。
レバスチャンは、レミーゼがフレアのことを敵対視しているのを知っている。
でも、今ここにいるレミーゼは偽者で、中身はあたしだ。元プレイヤーなので、立ち位置的にはフレア側ということになる。
つまり、わざわざ争いたいとか、これっぽっちも思っていない。
「話は分かったわ。すぐに用意を済ませるから、外で待っててちょうだい」
とにかく、いつまでも玄関で顔を合わせているわけにはいかないので、二つ返事で了承する。レミーゼとしての仕事が一つ増えてしまったけど、仕方あるまい。
これはレミーゼに成り済ましたあたしにしかできないことだ。
ローテルハルク領の未来のためにも、最後まで責任をもって成り済まそう。
「さあ、行きましょう」
支度を整えて、玄関を出る。
すると、レバスチャンが顔をしかめた。
「お嬢様……もしやまだ、体を清めておりませぬか?」
「あっ」
言われて気付いた。
今日も一日忙しすぎたので、結局お風呂に入ることができなかった。だから臭いが気になったのだろう。
あたしとレバスチャンとの間に、沈黙が流れる。
耐え切れなくなったあたしは、視線を逸らしながらも返事をする。
「……まずは、お風呂に入ることにするわ」