奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました
【56】罪人
「年間一位の【神隠し】と手合わせできるとは……くくっ、この俺様にも、ようやくツキが回ってきたようだな!」
サイダールは勘違いしている。
それはツキなんかではなくて、死神のそれだ。
「【神隠し】よ! 貴様をこの手で殺し、俺様が【迷宮王】の座をいただくぞ!」
「あんたバカだね。称号の受け渡しはできないし、そもそもここは【ラビリンス】じゃなくて現実だよ。今更そんな称号に価値なんてないのにさ」
「バカは貴様の方だ! 【迷宮王】の称号さえあれば、他のプレイヤーへの牽制にもなる! そして何よりも! 称号効果でステータスが上昇するはずだ!」
「ステアップ? ……あー、そう言えばそんな効果もあったっけ? 別に合っても無くてもあたしが一番だから、気にしたこともなかったけど」
「ほざけ!!」
本当のことだから、そんなに怒られても困る。
だって、あたしが【迷宮王】の称号を得たのは、【ラビリンス】が稼働停止する三ヶ月前だったからね。
「クソが! 次から次へと減らず口を叩く女め……! 今すぐその口を封じてやる! 【無言/対象:レミーゼ】!」
「――【反射/対象:無言】」
「チッ! 【打消/対象:反射】!」
「【打消/対象:打消】」
「――ッ、むぐっ!?」
屋敷内で、βテスター同士の戦闘が始まった。
「【無言の齋田】って、あんたが喋れなくなったら意味ないじゃん」
まずは挨拶代わりに、魔法の応酬で幕が開いた。
サイダールが発動した固有魔法【無言】は、あたしが発動した【反射】によって跳ね返すことに成功した。
「――あ、用意周到ね」
「ふうっ、はあっ、……クソッ、貴様……この俺様の魔法を跳ね返すとは……!」
あっさりと、【無言】状態が解除されてしまった。
どうやら反射を使われたときの対策として、サイダールは【解除】の描かれた巻物を用意していたらしい。
【ラビリンス】の世界ではあたしも魔道具の類を幾つも所持していたけど、今はゼロだ。サイダールの他にも元プレイヤーが居ると分かったことだし、今後のためにも集めておいた方が良さそうだ。
「ならばここを海に変えてやる! 【水竜】!」
「【変更/対象:水竜】、【水息/対象:フレア】」
「無駄だ! 【水竜/三連】!」
「【吸収/対象:水竜】」
サイダールが発動した【水竜】は、竜の形を模した水の塊を、対象のプレイヤー一人に放つ魔法だ。直撃すれば相当なダメージを受けるし、【水竜】から逃れるまで呼吸をすることができなくなる。でも、あたしが一番嫌なのは、辺り一面水浸しになってしまうことだ。
さすがにそれは困るので、あたしは【変更】で【水竜】の対象をサイダールに変更した。そのままだとフレアにも被害が出るので、【水息】を発動して対処する。
それに対し、サイダールは【水竜】を三回連続で発動する。
二つの【水竜】が互いにぶつかり合って消滅し、残る二つが再びあたし目掛けて襲い掛かってくる。
だからもう一度、今度は【吸収】を発動することで二発分の【水竜】をまとめて取り込んであげた。
「面白い……面白いぞ! 【神隠し】よ、貴様の力をもっと見せてみろ!」
「ここじゃなんだから、こっちにおいで」
「逃げるか! 許さんぞ!」
逃げるもんか。
屋敷の中をめちゃくちゃにされるのはごめんだけど、外に出ることもできない。
とすれば、あの場所に案内するしかあるまい。
玄関から廊下を進んで、地下室へと続く扉を開く。
サイダールがあたしを追いかけてくるのを視認し、階段を下りていく。
「むっ? ここは……まさか、レミーゼの拷問部屋か!?」
サイダールも実物を見たことはあるまい。
数多の拷問器具が並べられた地下室に案内されると、異臭漂う空間に息を呑む。
「……くく、なるほどな。随分と醜悪な部屋ではないか。これぞまさに拷問令嬢のレミーゼに似付かわしい場所と言えよう」
「あんたに語られるほど、レミーゼは安くないよ」
「そのレミーゼを! 貴様は殺したというのにか?」
声を上げ、サイダールが目を向ける。
その先にあるのは、レミーゼとアルバータの亡骸だ。
「まさか、ああまさか! レミーゼだけでなく、まさかアルバータまでも手にかけていようとは思いもしなかったぞ? ふははっ、さすが【神隠し】の名を持つプレイヤーだ! 貴様は立派な人殺しだな!!」
「……そうだね」
その通り。
サイダールの言う通りだ。
あたしは、この手で二人を殺した。
そしてあろうことか、レミーゼに成り済ましている。
仮に、この世界で称号を貰えると言うならば、それは【神隠し】や【迷宮王】なんかじゃなくて、【罪人】の方がよっぽどお似合いだ。まあ、似た称号を既に貰っているわけだけど。
でも、それも全て受け入れた。
あたしはこの世界で生きていくと決めたんだ。
それこそが、今のあたしにできる二人への手向けだから。
「くくく、安心するがいい。たとえ貴様が人殺しだったとしても、この世界では一切問題ではない!」
だけど、サイダールにとっては、そうではないらしい。
「この世界は最高だ……! 他のウザいプレイヤーを見付けたら出会い頭に殺すこともできる! この世界の奴らにとって俺様はチート級の力を持っている! どんなことだろうと俺様の思うがままだ! そう! 貴様さえ邪魔をしなければな!」
邪魔をしたつもりはないけど、結果的にそうなってよかったと思う。
この男の狙い通りに事が運んでいたら、ローテルハルク領は廃墟になっていてもおかしくはない。
「あんたさ、現実に未練は無かったの?」
「未練? ハッ! あるわけがない! あんなゴミみたいな人生ッ!! 現実の俺様は【ラビリンス】以外に興味は持たなかったぞ! 何が起ころうともログインし続け、レベルを上げ、スキルを上げ、他のプレイヤーを殺し、ランキングを上げ、【ラビリンス】だけに人生を捧げてきた! まあ、正月早々ログアウトできなくなって初めは焦ったが……今となってはどうでもいいことだ」
ログアウトできなくなった……?
つまり、ログインし続けているってこと?
それって、【迷宮研究所】の人たちが言っていたことと似ているような……。
……いや、そんなことよりも、もっと重要なことがある。
「あの日、俺様は現実世界に別れを告げた……! そしてこれからは、この世界こそが俺様の現実となるのだ!」
「――成道」
ぽつりと、口にする。
「……は?」
すると、サイダールは喋るのを止めた。
間の抜けたような表情であたしを見ているけど……それもある意味当然だ。
「あんたの本名、齋田成道で合ってる?」
「なっ、何故貴様……この俺様の名を……」
まさか、言い当てられるとは思いもしなかったのだろう。
あたし自身もびっくりしたよ。
でも、考えれば考えるほど、パズルのピースが埋まっていくのだから仕方あるまい。
だからあたしは、柔らかな笑みを浮かべながら教えてあげる。
サイダールの今を……。
「そりゃ知ってるよ。だってあんた……もう、死んでるもん」
サイダールは勘違いしている。
それはツキなんかではなくて、死神のそれだ。
「【神隠し】よ! 貴様をこの手で殺し、俺様が【迷宮王】の座をいただくぞ!」
「あんたバカだね。称号の受け渡しはできないし、そもそもここは【ラビリンス】じゃなくて現実だよ。今更そんな称号に価値なんてないのにさ」
「バカは貴様の方だ! 【迷宮王】の称号さえあれば、他のプレイヤーへの牽制にもなる! そして何よりも! 称号効果でステータスが上昇するはずだ!」
「ステアップ? ……あー、そう言えばそんな効果もあったっけ? 別に合っても無くてもあたしが一番だから、気にしたこともなかったけど」
「ほざけ!!」
本当のことだから、そんなに怒られても困る。
だって、あたしが【迷宮王】の称号を得たのは、【ラビリンス】が稼働停止する三ヶ月前だったからね。
「クソが! 次から次へと減らず口を叩く女め……! 今すぐその口を封じてやる! 【無言/対象:レミーゼ】!」
「――【反射/対象:無言】」
「チッ! 【打消/対象:反射】!」
「【打消/対象:打消】」
「――ッ、むぐっ!?」
屋敷内で、βテスター同士の戦闘が始まった。
「【無言の齋田】って、あんたが喋れなくなったら意味ないじゃん」
まずは挨拶代わりに、魔法の応酬で幕が開いた。
サイダールが発動した固有魔法【無言】は、あたしが発動した【反射】によって跳ね返すことに成功した。
「――あ、用意周到ね」
「ふうっ、はあっ、……クソッ、貴様……この俺様の魔法を跳ね返すとは……!」
あっさりと、【無言】状態が解除されてしまった。
どうやら反射を使われたときの対策として、サイダールは【解除】の描かれた巻物を用意していたらしい。
【ラビリンス】の世界ではあたしも魔道具の類を幾つも所持していたけど、今はゼロだ。サイダールの他にも元プレイヤーが居ると分かったことだし、今後のためにも集めておいた方が良さそうだ。
「ならばここを海に変えてやる! 【水竜】!」
「【変更/対象:水竜】、【水息/対象:フレア】」
「無駄だ! 【水竜/三連】!」
「【吸収/対象:水竜】」
サイダールが発動した【水竜】は、竜の形を模した水の塊を、対象のプレイヤー一人に放つ魔法だ。直撃すれば相当なダメージを受けるし、【水竜】から逃れるまで呼吸をすることができなくなる。でも、あたしが一番嫌なのは、辺り一面水浸しになってしまうことだ。
さすがにそれは困るので、あたしは【変更】で【水竜】の対象をサイダールに変更した。そのままだとフレアにも被害が出るので、【水息】を発動して対処する。
それに対し、サイダールは【水竜】を三回連続で発動する。
二つの【水竜】が互いにぶつかり合って消滅し、残る二つが再びあたし目掛けて襲い掛かってくる。
だからもう一度、今度は【吸収】を発動することで二発分の【水竜】をまとめて取り込んであげた。
「面白い……面白いぞ! 【神隠し】よ、貴様の力をもっと見せてみろ!」
「ここじゃなんだから、こっちにおいで」
「逃げるか! 許さんぞ!」
逃げるもんか。
屋敷の中をめちゃくちゃにされるのはごめんだけど、外に出ることもできない。
とすれば、あの場所に案内するしかあるまい。
玄関から廊下を進んで、地下室へと続く扉を開く。
サイダールがあたしを追いかけてくるのを視認し、階段を下りていく。
「むっ? ここは……まさか、レミーゼの拷問部屋か!?」
サイダールも実物を見たことはあるまい。
数多の拷問器具が並べられた地下室に案内されると、異臭漂う空間に息を呑む。
「……くく、なるほどな。随分と醜悪な部屋ではないか。これぞまさに拷問令嬢のレミーゼに似付かわしい場所と言えよう」
「あんたに語られるほど、レミーゼは安くないよ」
「そのレミーゼを! 貴様は殺したというのにか?」
声を上げ、サイダールが目を向ける。
その先にあるのは、レミーゼとアルバータの亡骸だ。
「まさか、ああまさか! レミーゼだけでなく、まさかアルバータまでも手にかけていようとは思いもしなかったぞ? ふははっ、さすが【神隠し】の名を持つプレイヤーだ! 貴様は立派な人殺しだな!!」
「……そうだね」
その通り。
サイダールの言う通りだ。
あたしは、この手で二人を殺した。
そしてあろうことか、レミーゼに成り済ましている。
仮に、この世界で称号を貰えると言うならば、それは【神隠し】や【迷宮王】なんかじゃなくて、【罪人】の方がよっぽどお似合いだ。まあ、似た称号を既に貰っているわけだけど。
でも、それも全て受け入れた。
あたしはこの世界で生きていくと決めたんだ。
それこそが、今のあたしにできる二人への手向けだから。
「くくく、安心するがいい。たとえ貴様が人殺しだったとしても、この世界では一切問題ではない!」
だけど、サイダールにとっては、そうではないらしい。
「この世界は最高だ……! 他のウザいプレイヤーを見付けたら出会い頭に殺すこともできる! この世界の奴らにとって俺様はチート級の力を持っている! どんなことだろうと俺様の思うがままだ! そう! 貴様さえ邪魔をしなければな!」
邪魔をしたつもりはないけど、結果的にそうなってよかったと思う。
この男の狙い通りに事が運んでいたら、ローテルハルク領は廃墟になっていてもおかしくはない。
「あんたさ、現実に未練は無かったの?」
「未練? ハッ! あるわけがない! あんなゴミみたいな人生ッ!! 現実の俺様は【ラビリンス】以外に興味は持たなかったぞ! 何が起ころうともログインし続け、レベルを上げ、スキルを上げ、他のプレイヤーを殺し、ランキングを上げ、【ラビリンス】だけに人生を捧げてきた! まあ、正月早々ログアウトできなくなって初めは焦ったが……今となってはどうでもいいことだ」
ログアウトできなくなった……?
つまり、ログインし続けているってこと?
それって、【迷宮研究所】の人たちが言っていたことと似ているような……。
……いや、そんなことよりも、もっと重要なことがある。
「あの日、俺様は現実世界に別れを告げた……! そしてこれからは、この世界こそが俺様の現実となるのだ!」
「――成道」
ぽつりと、口にする。
「……は?」
すると、サイダールは喋るのを止めた。
間の抜けたような表情であたしを見ているけど……それもある意味当然だ。
「あんたの本名、齋田成道で合ってる?」
「なっ、何故貴様……この俺様の名を……」
まさか、言い当てられるとは思いもしなかったのだろう。
あたし自身もびっくりしたよ。
でも、考えれば考えるほど、パズルのピースが埋まっていくのだから仕方あるまい。
だからあたしは、柔らかな笑みを浮かべながら教えてあげる。
サイダールの今を……。
「そりゃ知ってるよ。だってあんた……もう、死んでるもん」