奴隷拷問が趣味の公爵令嬢を殺ってしまったので変身魔法で成りすますことにしました
【57】さよなら
あのとき、あたしはニュースでその名前を目にしていた。
――齋田成道、二十歳。アパートの一室でヘッドギアを装着し、【ラビリンス】にログインした状態で死亡しているところを発見された。ニュースで報道されたのは死亡から三ヶ月もあとのことだった。
あたしは、現実世界で起きたことを、サイダールに話してあげた。
正月早々【ラビリンス】で死亡者が出たこと。
第一の犠牲者が齋田成道――サイダールであること。
春の時点で既に八名が亡くなり、【ラビリンス】が稼働停止になったこと。
「う、……うそだ」
「名前、合ってるんでしょ?」
「嘘だ! どうせそれも貴様の戯言に決まっている!」
「嘘だと思うなら、【鏡】でステータス画面を開いて、称号一覧を見てみれば?」
「は……? 称号一覧だと? そんなことに何の意味が……あ」
「そこを見れば、頑固なあんたも理解できると思うよ」
それは、あたしも通った道だ。最初に見たときは驚いたからね。
でも、この世界に来てから日の長いサイダールが、一度も【鏡】を確認していないとは思えない。ということは……。
「必要ない……【鏡】など無意味だ! 俺様を油断させようとしても無駄だぞ!」
「……そっか、見て見ぬ振りをしてたんだね」
「っ」
サイダールは知っていた。
現実世界の自分が既に死んでいるということを……。
そしてその現実から目を背けていたんだ。
「……サイダール。あんたとあたしじゃ、死ぬ時期が違うの。だからあんたの名前をニュースで見ることができたし、あんたのご両親が泣きながらインタビューされてるのも知ってるよ」
「なっ、俺様のクソ親に……インタビューだと……!? マスゴミのハイエナ共がっ!!」
親に触れられて動揺したのだろう。
サイダールは憎しみに顔を歪めている。
「奴らは世間体を気にして泣いたふりをしているだけだ……! 現実世界の俺様は孤独だった……【ラビリンス】の世界だけが俺様の居場所だったのだ! 故に! 俺様に親など必要ない! 【ラビリンス】のシナリオ通りに、この世界を生き続ける! そして俺様がこの世界を支配するのだ! 誰にも……誰にも俺様の邪魔はさせん!!」
「……分かるよ」
その台詞、あたしにも刺さる。
友達は一人もいなかったし、学校以外の時間はずっと【ラビリンス】の世界に浸かっていた。あたしの存在を認めてくれるのは【ラビリンス】だけだと思っていた。
「あたしも一人だったから、あんたの気持ちが痛いほどよく分かる……でもね、あたしはあんたみたいになりたくないし、なろうとも思わない」
唯一、サイダールと違うのは、あたしのことを心配してくれる親がいたこと。
この世界で生きていくことを決めたとは言ったけど、現実世界に戻ることができるなら戻りたいとも思う。そして、あたしが死んで悲しむ親に会って抱き締めてあげたい。
それももう、無理だけどね。
「貴様如きに、この俺様を理解できるものか! 死ねえッ!! 【無言/対象:レミーゼ】!!」
「【解除/変身】」
「――ッ!?」
サイダールの放った【無言】が不発となる。
その理由は、【無言】の対象者が居なくなったから。
でも、あたしがそこから消えたわけではない。では、消えたのは……。
「そ、それが貴様の……本当の姿……! 本物の……神出鬼没な【神隠し】……ッ!!」
あたしは、【変身】を解いた。
レミーゼの姿からトロアに戻ったのだ。
まあ、これも本当のあたしじゃないんだけどね。
「ま、まだ……子供ではないか……!?」
「【死雷/八連】」
「っ、【反し……】」
一手、あたしの方が早かった。
幼い風貌に驚いたサイダールの隙を見逃さず、あたしは渾身の電撃魔法を八回連続で発動する。それは対象を失うことなく直撃した。
「――ガッ、……がふっ」
地下室の壁に激突し、サイダールは床に倒れ込んだ。
しかし、まだ生きている。
「しぶといね」
「う、……うぁ、ぐっ」
「でも、もうおしまいだよ。あんたは助からない」
きっと、防御魔法の描かれた巻物を懐に忍ばせていたのだろう。
だけど【死雷】八回分に耐えるには数が足りなかったらしい。まあ、明らかにオーバーキルだったよね。
「何か言い残すことは?」
せめてもの情けとして、サイダールを見下ろしながら訊ねた。
すると、サイダールは口をパクパクと動かし、あたしと目を合わせてニヤリと笑う。
「お……俺さ、まが、……【神隠し】を見た、初めての……プレイヤー……だ……」
「そんなこと、この世界じゃ自慢にもならないよ」
「く、……くくっ、ちが、い……ない……」
目の光が消える。
口も動かなくなる。
「……あんた、この世界でも死んだんだね」
サイダールは、二度目の死を迎えることになった。
現実世界で死に、この世界でも……。
果たして次はあるのだろうか。
いや、今を生きるあたしには関係のないことだ。
あたしは地下室にできた三人目の死体に目を向けたまま、そっと呟く。
「さよなら、サイダール」
――齋田成道、二十歳。アパートの一室でヘッドギアを装着し、【ラビリンス】にログインした状態で死亡しているところを発見された。ニュースで報道されたのは死亡から三ヶ月もあとのことだった。
あたしは、現実世界で起きたことを、サイダールに話してあげた。
正月早々【ラビリンス】で死亡者が出たこと。
第一の犠牲者が齋田成道――サイダールであること。
春の時点で既に八名が亡くなり、【ラビリンス】が稼働停止になったこと。
「う、……うそだ」
「名前、合ってるんでしょ?」
「嘘だ! どうせそれも貴様の戯言に決まっている!」
「嘘だと思うなら、【鏡】でステータス画面を開いて、称号一覧を見てみれば?」
「は……? 称号一覧だと? そんなことに何の意味が……あ」
「そこを見れば、頑固なあんたも理解できると思うよ」
それは、あたしも通った道だ。最初に見たときは驚いたからね。
でも、この世界に来てから日の長いサイダールが、一度も【鏡】を確認していないとは思えない。ということは……。
「必要ない……【鏡】など無意味だ! 俺様を油断させようとしても無駄だぞ!」
「……そっか、見て見ぬ振りをしてたんだね」
「っ」
サイダールは知っていた。
現実世界の自分が既に死んでいるということを……。
そしてその現実から目を背けていたんだ。
「……サイダール。あんたとあたしじゃ、死ぬ時期が違うの。だからあんたの名前をニュースで見ることができたし、あんたのご両親が泣きながらインタビューされてるのも知ってるよ」
「なっ、俺様のクソ親に……インタビューだと……!? マスゴミのハイエナ共がっ!!」
親に触れられて動揺したのだろう。
サイダールは憎しみに顔を歪めている。
「奴らは世間体を気にして泣いたふりをしているだけだ……! 現実世界の俺様は孤独だった……【ラビリンス】の世界だけが俺様の居場所だったのだ! 故に! 俺様に親など必要ない! 【ラビリンス】のシナリオ通りに、この世界を生き続ける! そして俺様がこの世界を支配するのだ! 誰にも……誰にも俺様の邪魔はさせん!!」
「……分かるよ」
その台詞、あたしにも刺さる。
友達は一人もいなかったし、学校以外の時間はずっと【ラビリンス】の世界に浸かっていた。あたしの存在を認めてくれるのは【ラビリンス】だけだと思っていた。
「あたしも一人だったから、あんたの気持ちが痛いほどよく分かる……でもね、あたしはあんたみたいになりたくないし、なろうとも思わない」
唯一、サイダールと違うのは、あたしのことを心配してくれる親がいたこと。
この世界で生きていくことを決めたとは言ったけど、現実世界に戻ることができるなら戻りたいとも思う。そして、あたしが死んで悲しむ親に会って抱き締めてあげたい。
それももう、無理だけどね。
「貴様如きに、この俺様を理解できるものか! 死ねえッ!! 【無言/対象:レミーゼ】!!」
「【解除/変身】」
「――ッ!?」
サイダールの放った【無言】が不発となる。
その理由は、【無言】の対象者が居なくなったから。
でも、あたしがそこから消えたわけではない。では、消えたのは……。
「そ、それが貴様の……本当の姿……! 本物の……神出鬼没な【神隠し】……ッ!!」
あたしは、【変身】を解いた。
レミーゼの姿からトロアに戻ったのだ。
まあ、これも本当のあたしじゃないんだけどね。
「ま、まだ……子供ではないか……!?」
「【死雷/八連】」
「っ、【反し……】」
一手、あたしの方が早かった。
幼い風貌に驚いたサイダールの隙を見逃さず、あたしは渾身の電撃魔法を八回連続で発動する。それは対象を失うことなく直撃した。
「――ガッ、……がふっ」
地下室の壁に激突し、サイダールは床に倒れ込んだ。
しかし、まだ生きている。
「しぶといね」
「う、……うぁ、ぐっ」
「でも、もうおしまいだよ。あんたは助からない」
きっと、防御魔法の描かれた巻物を懐に忍ばせていたのだろう。
だけど【死雷】八回分に耐えるには数が足りなかったらしい。まあ、明らかにオーバーキルだったよね。
「何か言い残すことは?」
せめてもの情けとして、サイダールを見下ろしながら訊ねた。
すると、サイダールは口をパクパクと動かし、あたしと目を合わせてニヤリと笑う。
「お……俺さ、まが、……【神隠し】を見た、初めての……プレイヤー……だ……」
「そんなこと、この世界じゃ自慢にもならないよ」
「く、……くくっ、ちが、い……ない……」
目の光が消える。
口も動かなくなる。
「……あんた、この世界でも死んだんだね」
サイダールは、二度目の死を迎えることになった。
現実世界で死に、この世界でも……。
果たして次はあるのだろうか。
いや、今を生きるあたしには関係のないことだ。
あたしは地下室にできた三人目の死体に目を向けたまま、そっと呟く。
「さよなら、サイダール」