腹黒王子とめぐるの耽溺日誌

翌日の昼休み。


佐原君はガムを膨らましながら、机に足を乗せて悠々自適に漫画を読んでいる。

私が見たアニメとはまた関係のない作品だけど、この漫画もかなりコアなファンが多いマイナーな漫画だ。


ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと佐原君に近付く。



『どう話しかければ良いか分からない?』


『しょ、正直言って、全く分からない、です…』



『んー…俺の予想だけど、佐原は裏がなくて素直で馬鹿な子が好きだと思うんだよね』




(裏がなくて素直で馬鹿な子……)


要は馬鹿正直にその作品のファンだとアピールすれば良いんだ。



佐原君は正面に立った私に少し目線を寄越すと、怪訝そうに眉をひそめた。

そして、しばらく私を見つめていると不機嫌そうな顔を隠さず「…なに?」と、低い声を放った。




「さ、佐原君……」


「………?」





「わ、私!"蟻地獄"っていうアニメの大ファンでアニメを何周もしてるんだけどっ!!さっ!佐原君もあのアニメ好き!?!?」





緊張で声が裏返り、無駄にデカい声を張り上げる姿は滑稽そのものだろう。

嫌な汗がダラダラと流れるも、こんな所で止まる訳にはいかない。




「私ね、蟻地獄の好きなシーンは13話17分27秒の所で今まで人の良かった釜井が蟻地獄に落ちた瞬間他の仲間を蹴落として上に上がろうとするシーンなんだよね!!あそこのシーンって人間の業とか、死に対する感情とかないまぜになってて人間らしい所が表現されてて凄い好きなんだ!今まで築き上げた物を捨てて自分だけ助かろうとしたのに、実は蟻地獄に落ちた人間だけが助かるっていう展開も皮肉が効いてて良いよね!スプラッター系の過激なグロ描写が多いけど、人間の繊細さや恐ろしさが分かって凄くすて、」



「お前誰?すげーキモいんだけど」





冷水を頭から浴びた感覚と言うのはこう言うことを言うんだろう。
さっきまで恥ずかしさで沸騰しそうだった頭は今では鳥肌が立つほど冷えている。

佐原君は気味の悪そうな顔で私を見ると、イヤホンで耳を塞ぐようにして私から視線を背けた。


それは鈍い私でも分かる、完全な拒絶だった。



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