腹黒王子とめぐるの耽溺日誌
そう、忘れる事が出来たはずだったんだ。




「雪平さん、少し良いかな?」



帰りの支度をしていると、ついさっき忘れることが出来た倉木さんが目の前に立っていた。

学級委員である倉木さんは、多分何か用があって私に声をかけたのかもしれない。
でも、今の私はそういう事を冷静に考えれる精神状態じゃなかった。




「あ……く、倉木さん……」


「雪平さんの後ろの席の隼瀬君の事なんだけど……ほら、隼瀬君…学校に来れてないみたいだから、プリントを届けなきゃいけなくて。今まで代表して私が届けてたんだけど、雪平さんにお願いしても良いかな?」



なぜ?
なんで今更、隼瀬君のプリントを私が届けなきゃいけないのだろう。

そんな私の視線に気付いたのか、彼女は自分の腕を抱えるようにして目線を逸らしながら説明した。



「急なことでごめんね……私も、本当は自分で届ける予定だったんだけど、その……"谷口先生"にちょっと進路の事について相談があって……」



"谷口先生"

その単語を聞いた瞬間から心臓がバクバクと鳴り始めた。
進路相談なんて皆してる事だけど、昨日の今日だ。
もうそれ関連の事としか考えられない。

冷や汗をかきながらもゆっくりと口を開く。



「……へ、へぇ〜……そうなんだ……じゃ、じゃあ、私が届けておくね?」


「……うん、ありがとう雪平さん……隼瀬君の住所はファイルの中に入ってるプリントに書いてるから……それじゃあ、お願いね」



そう言ってニッコリと微笑むと、倉木さんはプリントのファイルを私に手渡した。



(…………倉木さん……本当に色仕掛けとかするのかなぁ…)


あんな真面目そうな彼女にそんな事出来るのだろうか?
それに、谷口先生だって腐っても教師だ。
まともな教師ならそんな事に応じる訳が無い。

先程貰ったファイルを鞄に入れて立ち上がる。

彼女の事は忘れよう。
きっと上手くいく筈がない。


そう自分に言い聞かせ、隼瀬君の住所の載ったプリントに目を通した。


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