Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜

プロローグ

 重たい足取りで教室に向かっていた碓氷(うすい)杏奈(あんな)は、階段の踊り場で(たむろ)するメンバーに気付いて顔を(しか)めた。

 周りのことなんて気にもかけずに大きな声で笑い合うのは、ただでさえ裕福な家庭が多いこの学園の中でも一際(ひときわ)存在感を示すグループで、特待生として入学した杏奈とは天と地もの差がある生徒たちの集まりだった。

 そのため杏奈のように成績優秀者として入学金や学費が免除となっている特待生を、彼らは馬鹿にするような目で見ていた--そう、それが今目の前にいるのがまさにその(たぐい)のあつまりだった。

 拳をギュッと握りしめて下を向くと、足早にその場を通り過ぎようとするが、そううまくはいかない。

 杏奈に気付いた茶髪の吉村(よしむら)弘毅(こうき)が、不適な笑みを浮かべてこちらを見た。

「あっれー、"あんなにうすい"の碓氷さんじゃーん! なーに下向いて歩いてんのぉ?」

 無視して通り過ぎようとするが、目の前に吉村が立ちはだかる。隙間を縫おうとしても、その隙間すら塞がれてしまい身動きがとれなくなり、杏奈は唇を噛み締めてキッと睨みつけた。

 今までも名前のことでからかわれることはあったが、ここまで嫌味な言い方をしたのはこのグループが初めてだった。

 黒髪を一つにまとめ、メガネをかけた地味な容姿も彼らの行動に拍車をかけているのはわかっていた。しかし他者のためにそれを変えるつもりも、その必要も感じていなかった。

「ど、どいてください……」
「はぁ? 聞こえないんだけどー」

 聞こえているくせに--悔しくても言い返せない自分が嫌いだった。

「やめなよー! 碓氷ちゃんは優秀だから、私たちみたいなのと関わりたくないんだよ。バカがうつるとでも思っているんじゃない?」

 そんなこと言ってないじゃない。むしろ馬鹿にしてるのはそっちでしょう? そう心の中で叫ぶが、口に出すことは出来なかった。

「うわっ、ひっでー! 俺たちはただ仲良くしたいだけなのに。なぁ、高臣(たかおみ)

 吉村は振り返ると、壁に寄りかかり面倒くさそうに外を眺めていた由利(ゆり)高臣に声をかける。しかし彼は小さなため息をつくと、吉村を呆れたような目で見下ろした。

「ガキみたいなことするなよ」
「えーっ、俺ちゃんと高校生じゃん! つれないなぁ、高臣ってばー」

 吉村が由利に絡みに行った瞬間に階段の踊り場に隙間が出来、その隙に杏奈は階段を駆け上がった。

 彼らは杏奈がいなくなったことにも気付かず、相変わらず大きな声でおしゃべりを続けていた。
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