Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 パーティーに参加するわけではない。ロビーで待ち合わせて話をするだけだ。そう自分に言い聞かせ、ベリが丘駅のホームに降り立つ。

 家に帰った杏奈は、クローゼットの中のフォーマルなドレスの中からネイビーの五部袖のシフォンドレスを選んだ。杏奈が持っているものの中でも、このドレスが一番地味で肌の露出が少ないものだったからだ。

 こんなにふわふわと軽いドレスなのに、まるで身を守るためにまとう鎧のように感じた。

 駅舎から出てしまうと、今の自分がそれほどこの街で浮いていないことに気付く。きっとホテルでのパーティーや、結婚式からの帰り人が多いからかもしれない。

 高級外車が行き交う道路を眺めながら、とぼとぼとホテルに向かって歩き続ける。そして想像をはるかに超える大きさのホテルが視界に入った途端、急に尻込みをしてしまい、その場に立ち尽くした。

 波風立てずに、平和に生活しようと決めていたのに--立ち退きを請求された土地のことを今更知っても、何かが変わるとは限らない。ただ自分を納得させるために、あの由利の元へ行く意味なんてあるの?

 行くか、行かないか--頭の中での葛藤が続く。しかし杏奈の足は自然とホテルのロビーに足を踏み入れていた。

 もうここまで来たんだからやるしかないと、気合いを入れ直す。

 たくさんの人で賑わうロビーは、各国の言葉も聞こえてきて、ここが日本であることを忘れてしまいそうだ。

 みんなどこかの国の偉い人に違いないわ……こんなところに私がいるのは本来ならあり得ない。

 ため息をついた杏奈は、帰りたいと思う気持ちをなんとか抑え込み、ロビーの隅っこにある椅子に腰を下ろした。

 時計を見れば、約束の時間までまだ三十分ほどある。この場所で待つのは気が重かったが、ほかに行くところもないのでこのまま待つことを決めた。
 
 一秒が倍の長さに感じる空間に入り込んでしまったようで、時間の流れがゆっくり過ぎていく。

 その時だった。

「碓氷さん」

 突然男性の声がしたため慌てて振り返ると、そこには昼間と違うスーツに身を包んだ由利が、無表情のまま立って杏奈を見下ろしていた。
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