Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 昨夜の服に着替えたが、まさか泊まりになるとは思わなかったため、メイクを直す程度の道具しか持ってきていなかった杏奈は、カバンに入っていたマスクをしてロビーを駆け抜けた。

 駐車場まで続くエレベーターの前で、壁の向き合い高臣がチェックアウトをするのを待つ。

 家まで送るという高臣の言葉を断って電車で帰ろうとしたが、ほぼすっぴんでフォーマルドレスというチグハグな自分の姿に愕然とし、そこは甘えることにしたのだ。

「お待たせ」
「こちらこそ……なんかごめんなさい」
「何も悪いことはしていないだろ? 俺はすっぴんでも十分キレイだと思うけど」
「すっぴんじゃなくて、ナチュラルメイクですから! はぁ……その御世辞があなたの口から出てることが怖いくらいだわ……」

 エレベーターに乗り込み、ドアが閉まった途端に杏奈は壁に押し付けられて唇を塞がれる。

「今日が休みなら、一日中こうしていられるのにな」

 昨晩だけでも体がガクガクなのに、この人はまだ体力が残っているらしい。その超人ぶりに杏奈は呆れたようにため息をついた。

 エレベーターが止まると高臣は優しく微笑み、杏奈の腰に手を回して外に出る。

 あの頃とどうしてこんなにも違うの? 困惑し、本当に愛されているのかもしれないと勘違いしそうになってしまう。

 あんなに『愛してる』と言われても、記憶の根底には冷たい高臣の顔があり、やはりすぐに心を開くことは難しい気がした。

 高臣の後について歩いていくと、外車の白いセダンの前でスマートキーを使ってロックを解除する。それから助手席のドアを開けて杏奈を中へと促してから、自分も運転席に腰を下ろす。

 高臣の紳士的な振る舞いに少し照れながらも、どこか慣れたような雰囲気を感じて、胸がチクリと痛んだ。

 きっと住む世界が違うからね。彼の当たり前が、私の世界では当たり前ではないだけ。

 車が走り出すと、目の前に広がったベリが丘の姿に思わず息を飲んだ。昔から富裕層が集まる街として知られていたが、最近は近隣の開発が進み、おしゃれな街としても噂になっていた。

 昨夜とはまた違う景色に、杏奈はうっとりと目を細める。まるでおとぎの世界に迷い込んだようだった。

 自分が住んでいる場所からさほど離れているわけではないのに、こんなにも違う世界が広がっているなんて不思議だった。
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