Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
 彼は一応何度か踏みとどまろうとしていた。それを導いてしまったのは、どう考えても杏奈に他ならない。

 あんな激しくに求められたことが心地良いとすら思え、
だから彼が与えてくれる波に乗り、体が自然と彼を受け入れてしまったのだ。

 ずっと嫌いだって思って生きてきたのに、性欲に勝てないなんて……これって流されたってことになるのかしら。想定外の事態だったとしても、自分の決意の弱さにガックリと肩を落とした。

 普段手伝いの時に着ているゆるっとしたTシャツに手を通したが、隙間から肌が見えることに気付き、慌てて他のTシャツを探す。

 アラサーの娘だとしても、体にキスマークなんて付いているのが見られたら、両親に何を言われるかわからない。暑さは気になるが、あえてぴたっとした五分袖のTシャツに着替える。すると肌の露出が少なくなり、杏奈はホッと胸を撫で下ろした。

 それから机に置いてあるメイク道具が入ったケースを手に取ると、卓上のミラーを開いて化粧を始める。

 付き合ってもいない男の人にすっぴんを見られてしまうなんて……それにあの人、帰りがけに信じられないことを口にしてた。

『俺はすっぴんでも十分キレイだと思うけど』

 思い出しては急に恥ずかしくなり、杏奈は首を思い切り左右に振る。

 高校の時の、人に興味がなくて冷徹な由利高臣から変わりすぎて、杏奈には全てが嘘のように思えてしまった。

 付き合ってなんて言葉、絶対嘘に決まってるわ--そう思うのに、もう一度『愛してる』と言われたら堕ちてしまいそうな危うさも感じる。

 これで騙されていたら、一生立ち直れなくなるかもしれない。本気になったら今の自分に戻ることは無理だろう。

 それならば、傷付く前に断るのが正解であるような気がした。
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