Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 最終日ということもあり、イベントは日曜日の方が人が多く感じられた。

 両親のキッチンカーにも行列が出来、父親と母親がせかせかと調理をする一方で、杏奈は接客を担当する。

「休みの日に手伝わせちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫」

 むしろ今はこうして忙しくしている方が、何も考えずにいられるから有り難かった。

「それにしたって杏奈、そんな格好で暑くないのか? 着替えてきてもいいんだぞ」
「えっ、あっ、うん、大丈夫! 日焼けしたくないだけだから気にしないで」

 父親の言葉にドキッとしたが、平静を装い何とか切り抜ける。

 熱くないと言えば嘘になるが、今日はランチタイムだけでいいと言われているし、我慢出来ないほどでもない。とはいえ時計を見ながら、心の中でカウントダウンを始めた。

 その時だった。肩を突然叩かれて振り返ると、そこにはたくさんの袋を手にした紗理奈がニコニコしながら立っていた。

「紗理奈ちゃん! えっ、どうしているの?」

 まさかこんな場所で友人に会えると思っていなかった杏奈は、驚いたように目を見開いた。

「ん? だってこのイベント、前からずっとチェックしてたから」
「そうなの?」
「そうなの。有名な作家さんの作品が安く買えたり、一点物とか掘り出し物もいっぱいあるんだよ。で、お腹すいたから外に出てみたら、杏奈のご両親のキッチンカーのがあったから、いるかなーって思って来てみたの」

 紗理奈はキッチンカーの前に出来た行列に目をやると、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「なんだかお弁当屋さんの時より盛況じゃない?」
「あはは。そうかも」

 まだまだ列は長く続いているが、杏奈は昨日の出来事を紗理奈に相談したかった。

「紗理奈ちゃん、まだいる予定?」
「もちろん」
「あのさ、店が落ち着いたら少し相談したいことがあるんだけど……」

 杏奈が両親に聞こえないようにこそっと呟いたので、紗理奈は状況を察したかのように頷く。

「もしかして……あのこと?」
「うーん……それに関連したこと」
「関連?」
「く、詳しくは後で話すから!」
「わかったよ。じゃあ落ち着いたら連絡して。それまでまたぶらぶらしてくるから」
「うん、ありがとう」

 手を振りながらイベント会場に戻っていく背中を見送りながら、チラリと両親の方を見た。だが二人は紗理奈が来ていたことすら気付いていなさそうだった。

 秘密にすることではないかもしれない。しかし今の生活を楽しみ始めている両親が、店をたたんで手放したあの土地に、実は裏があったなんて事実を知りたいと思うのか、杏奈にはわからなかった。

 今は彼が調べてくれている途中だし、その報告を待ってからだって遅くはないはず。両親が悲しまない選択をしなければいけないと心から思った。
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