Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
 言われてみれば、高臣の言葉の裏には何か別の情景が隠れているように見えた。彼だけが見えている景色があって、それに今の杏奈の姿を重ねているような不思議な感覚。

 でも過去を遡ってみても、杏奈の記憶の中には高臣との接点なんて存在しない。彼がそこまで杏奈に執着する理由が全く思いつかないのだ。

 眉間に皺を寄せ、瞳をぐるりと回転させる。それから大きなため息をついた。

 私が覚えていないのだから、無理に思い出すことはない--何も聞かずに杏奈が高臣を拒絶すれば、これ以上二人の関係が進展することはないだろうし、製菓工場跡地について話し合う高校の同級生というスタンスを守れる。

 だけどその秘密を追求するということは、彼が切り札というくらいだから、何かしら進展する可能性が否めない。

 それを望むの? 杏奈は自分の心に問いかける。望むわけではないけど、知りたいという気持ちが心の片隅に存在した。

 杏奈は高臣の目を見つめる。すると二人の視線が絡まり合い、彼のまっすぐな視線に捕らわれ動けなくなる。

「……その秘密、知りたいと言ったら教えてくれるの?」

 それは杏奈からの譲歩だった。高臣は目を見開くと、嬉しそうに微笑んだ。

「もちろん。でも本音を言えば、杏奈自身に思い出してほしいんだけどな」
「考えたけど、全然記憶にないの。あなたの勘違いってことはない? 私じゃなくて別の女の子だったってこと」
「それはないよ。ちゃんと確認済みだからね」

 確認とはなんのことだろう。意味がわからず首を傾げた。

「じゃあヒントをちょうだい。何もない状態で答えるなんて、問題文のないクイズと同じでしょ。せめてきっかけがあれば答えられると思う」

 高臣はクスッと笑うと、ナイフとフォークを置いてシャンパングラスを手に持ち、一口含んだ。

「杏奈が前向きになってくれて嬉しいから、ヒントを三つ出すことにしよう」

 たった三つで答えられると思っているの? 彼からすればそんなにもわかりやすい記憶なのに、私が思い出せないのは何故だろう。

 でもここまで来たら、受けて立つしかない。そうよ、勉強だって頑張れば解けない問題なんてなかったじゃない。どんな難題も、やってみないとわからない。やれは出来るはず。

「わかった。三つで答えてみせる」

 杏奈が大きく頷くと、高臣は不敵な笑みを浮かべた。
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