Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
「どうしたんですか?」
「うん、実はこれを渡してほしいって頼まれて」

 先生は引き出しの中から高級チョコレート店の小さな紙袋を取り出すと、杏奈に手渡した。

 受け取った杏奈は不思議そうに首を傾げる。

「昨日の唐揚げが美味しかったから、そのお礼ですって」
「えっ、食べてくれたんですか?」
「うふふ、みんなが食べ物の話ばかりするからお腹が空いちゃったみたいよ。まぁちょっと戸惑ってはいたけど、食べ始めたら一瞬で空っぽになってたわ」

 その話を聞いて杏奈は嬉しくて胸が熱くなった。自分で作ったわけではないが、父親が作ったものを完食してもらえたことが嬉しかった。

「絶対に食べないと思っていました。その人はやっぱり内部生ですか?」
「うーん、あまり身分は明かしたくないみたい。でも……とりあえず頷いておく」

 内部生の中にこんなに良い人がいるなんて--この学園で生きていくために、彼らにも変えられないものがあるのだとわかっている。

 唐揚げが高級チョコレートに変わっただなんて、わらしべ長者みたい。杏奈は思わずクスッと笑った。

「でね、良かったらまた食べさせてほしいそうよ。そんなことをお願いするだなんて、相当ハマったとしか思えないわね!」
「……なんか嬉しいですね。内部生の方にそんなふうに思ってもらえたなんて……是非また食べていただきたいです」
「いいの? じゃあ伝えておくわね」

 それから始まった水曜日の秘密のやり取り。杏奈がおかずのセットを養護の先生に渡し、翌日には高級店のチョコレートが届いた。

 このやり取りは卒業まで続いたが、最後まで相手が誰なのかはわからなかった。

 それでも嫌なことばかりだった学園生活の中で、数少ない明るい思い出として心に刻まれたのだった。
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