Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
「母さんはどこまで話したんだ?」
「立ち退き通知書が届いたってことだけ。詳しく聞こうと思ってきたの」
「……この長屋の老朽化による耐震性の問題があって、このまま維持が出来ないらしい。取り壊して新しいアパートかなんかを建てるんだと。まぁ築五十年だし、こういう話が出ても仕方ないんだけどな」
中華料理店で働いていた父が、母との結婚をきっかけに独立して始めた弁当屋。一人っ子の杏奈は幼い頃からこの弁当屋で遊んだり宿題をしたり、思い出がたくさん詰まっている。いつかこの店がなくなる日が来るとは思っていたが、こんなに早いとは想像もしていなかった。
くるりと厨房の中を見渡せば、長年使い続けてきた調理器具がそこかしこに存在感を示している。
「そんな……立ち退きまでの期間は?」
「半年って言われてる」
「たった半年⁈ そんなのあっという間に来ちゃうじゃない……」
「俺たちも唐突過ぎてどうすりゃいいかわからないんだよ」
厨房の端に置かれていた丸椅子を力なく手に取ると、気が抜けたように腰を下ろした。両手で頭を掻きむしりながら項垂れた姿は、今までに見たことがないほど狼狽している。
「もう少し待ってもらうことは出来ないの?」
父親は力なく首を横に振る。
「せめて一年待ってほしいと言ったんだが、それは無理なんだと」
「でも……唐突過ぎるよ……」
「まぁ立退料は出るみたいだからさ、これからのことを母さんと話し合おうと思ってるよ。だからお前は何も心配しなくていいよ。仕事だって忙しいんだろ?」
杏奈はファミリーレストランのメニュー開発の仕事をしていて、確かに新しいフェアに向けての新作を考案している最中だった。とはいえ実家のことも放っておけない。
「そうそう。この間のフェアの時だって、テレビでやっていたもの。私たちだって楽しみにしてるんだから、あんたはあんたで頑張りなさい!」
母親に背中を叩かれ、それ以上の言葉を続けることは叶わなかった。
店を出た後も、後ろ髪を引かれてなかなか一歩が踏み出せない。小さい頃から過ごした場所がなくなる。
心にのしかかる喪失感は大きく、それに対して何も出来ない自分の無力さに悲しくなった。
「立ち退き通知書が届いたってことだけ。詳しく聞こうと思ってきたの」
「……この長屋の老朽化による耐震性の問題があって、このまま維持が出来ないらしい。取り壊して新しいアパートかなんかを建てるんだと。まぁ築五十年だし、こういう話が出ても仕方ないんだけどな」
中華料理店で働いていた父が、母との結婚をきっかけに独立して始めた弁当屋。一人っ子の杏奈は幼い頃からこの弁当屋で遊んだり宿題をしたり、思い出がたくさん詰まっている。いつかこの店がなくなる日が来るとは思っていたが、こんなに早いとは想像もしていなかった。
くるりと厨房の中を見渡せば、長年使い続けてきた調理器具がそこかしこに存在感を示している。
「そんな……立ち退きまでの期間は?」
「半年って言われてる」
「たった半年⁈ そんなのあっという間に来ちゃうじゃない……」
「俺たちも唐突過ぎてどうすりゃいいかわからないんだよ」
厨房の端に置かれていた丸椅子を力なく手に取ると、気が抜けたように腰を下ろした。両手で頭を掻きむしりながら項垂れた姿は、今までに見たことがないほど狼狽している。
「もう少し待ってもらうことは出来ないの?」
父親は力なく首を横に振る。
「せめて一年待ってほしいと言ったんだが、それは無理なんだと」
「でも……唐突過ぎるよ……」
「まぁ立退料は出るみたいだからさ、これからのことを母さんと話し合おうと思ってるよ。だからお前は何も心配しなくていいよ。仕事だって忙しいんだろ?」
杏奈はファミリーレストランのメニュー開発の仕事をしていて、確かに新しいフェアに向けての新作を考案している最中だった。とはいえ実家のことも放っておけない。
「そうそう。この間のフェアの時だって、テレビでやっていたもの。私たちだって楽しみにしてるんだから、あんたはあんたで頑張りなさい!」
母親に背中を叩かれ、それ以上の言葉を続けることは叶わなかった。
店を出た後も、後ろ髪を引かれてなかなか一歩が踏み出せない。小さい頃から過ごした場所がなくなる。
心にのしかかる喪失感は大きく、それに対して何も出来ない自分の無力さに悲しくなった。