Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜

11 過去の傷

 落ち着きなく、そわそわした様子で会議室の中をぐるぐると歩き回っている鈴香を、杏奈は微笑ましく見守っていた。

 自分が初めて開発リーダーをした時も、同じように緊張したことを思い出して懐かしくなる。

「あぁ〜、どうしよう……大丈夫かなぁ……」
「鈴香ちゃん、私のためにごめんね」
「あぁ! そういうことじゃないんですよ! いつかはやらないといけないことですしね……でもやっぱり緊張しますが……」
「とりあえず今日は初回の挨拶と打ち合わせだし、落ち着いて話せば大丈夫だよ。私もしっかりサポートするし!」
「……でも、先輩はあまり話したくないですよね……大丈夫です。私、頑張りますから!」

 話したくないかと聞かれれば、確かにそうかもしれない。ただ今のところ気持ちは複雑で、会うことに少しの不安はあるが、その後どんな感情になるのかは会ってみないとわからない。意外と平気なのか、あの時の記憶が蘇るのか--。

 その時ドアがノックされ、二人の間の空気が凍りつく。それからドアが開いて、課長がにこやかに部屋に入ってきた。

「あぁ、いたいた。佐久間さんがお見えになったぞ」

 課長の声と共に、その後ろからスーツ姿の男性が姿を現す。杏奈より十センチほど高い身長と、少し長めの黒髪。穏やかそうな雰囲気は、杏奈と付き合っていた時と変わらなかった。

 あの頃のままなのね……懐かしさと共に、連絡が取れなくなって、突然別れを切り出された時の悲しみが心に蘇る。

 二カ月間声も聞けずに、たった一言のメッセージで終わった恋。覚悟はしていたけど、心に小さな傷を思い出した。

 杏奈と鈴香は机を挟んで立つと、頭を下げて佐久間を迎える。

「初めまして。新メニュー開発リーダーの岸辺鈴香です。このたびはお引き受けくださり、ありがとうございます」

 鈴香は落ち着いた様子で名刺を渡す。後輩の立派な姿を見て、杏奈はうれしくなった。

「佐久間です。よろしくお願いします」

 それから自分も名刺を出し、佐久間の前に立った。背中をピンっと伸ばして、少しでも姿勢良く見せようとする。

 これは私の勝手な意地なのかもしれない。別れた女が、今は仕事に励んで充実した生活を送っていると見せつけたかった。

「碓氷です。このたびは岸辺のサポートをさせていただきます」

 すると杏奈を見た佐久間は、驚いたように目を見開いた。明らかに動揺しているのがわかる。

「碓氷……さん?」
「はい、よろしくお願い致します」

 杏奈は彼を知らないフリをした。課長に余計な詮索をされたくなかったし、仕事以上の会話をするつもりはなかった。

 佐久間は戸惑った様子で椅子に座ると
黙って下を向いてしまった。
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