Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 今日は残業をする気になれなくて、家に持ち帰って考えることにした。

 まさか彼と再会して、新たな事実に気付くことになるとは思わなかった。

 連絡が途絶えてから突然別れを切り出された六年前は、もう連絡は来ないだろうという、諦めに近い覚悟をしていた。

 でも今は--なんとなく気付いてしまった真実に、こんなにも不快な気分になっている。二股だったなんて、知らない方が幸せだったかもしれない。

 ポケットからスマホを取り出し、『今日は残業しないで帰ります』と高臣にメッセージを送る。するとそれからすぐに既読がつき、『三十分くらいで着くから待ってて』と返事が来る。そのメッセージを見ながら、心がほっこりと満たされていくのを感じる。

 彼がいてくれて良かった--モヤモヤとした気分が全てなくなるわけではないが、それでもこれから会えると思うだけで、こんなにも安心出来る。

 高臣との再会だって最悪だと思っていた。それなのにたった一ヶ月近くでここまで大きな存在になるなんて--。

 鈴香は先に帰ってしまったので、夜風に当たりながら高臣を待とうと考えた杏奈は、荷物を持って会社の外に出る。

 しかしそれがまずかった。

「杏奈!」

 今までずっと待っていたのだろうか。佐久間が先ほどと同じ出立ちのまま、杏奈の前に立ちはだかる。

 杏奈は驚いて、胸がグッと締め付けられた。しかし高臣に対するものとは全く違い、早くこの場からいなくなりたいという感覚だった。

「あぁ、佐久間さん。今日はありがとうございました。今後もよろしくお願いします。では失礼します」

 作り笑顔を浮かべてお辞儀をすると、早足でその場をすり抜けようとした。しかし佐久間に腕を掴まれ、引き留められてしまう。

「あの、離してください」
「杏奈、お願いだから話を聞いてくれ……!」
「仕事のことでしたら後でリーダーの岸辺にメールでお願いします。私から話すことはありませんから」
「六年前のことを謝りたいって、ずっと思ってたんだ。あの時は本当にごめん……」

 その言葉を聞いた途端、杏奈の中に怒りが沸いてくる。

「別に今更そんな言葉を聞いても何も思いません。今まで罪悪感に(さいな)まれていたんですか? そうだとしても、この謝罪はあなたの自己満足ですよね。私には関係ありませんから」

 今度こそその場を去ろうとした時だった。佐久間が杏奈の前にしゃがみ込み、土下座をしたのだ。
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