Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
「だからこうして謝って……」
「今更ですか? 何故六年前のあの時にそれを伝えなかったんですか?」
「そ、それは……!」
「それに根本からおかしなことがありますよね。何故あなたは長年付き合った碓氷さんではなく、浮気相手である女性を選んだんですか?」
「それは……子供が出来たから……」
「ではもし二人の女性が同時に妊娠したらどうしたんですか? どちらかの女性には結婚しようと言って、もう一人には堕してくれと言うんですか? 残酷な人だ。それに今の言葉を奥様が聞いたらどう思うでしょうね」

 妻のことを引き合いにだされたからだろうか。佐久間は顔を歪ませ、怒りを露わにする。

「じゃあどうすれば良かったんですか! 教えてくださいよ!」
「まず貴方が怒ること自体がおかしいです。傷付いたのは碓氷さんであって、あなたではないんですから」

 杏奈は高臣の胸に顔を埋める。すると高臣の腕が力強く杏奈を抱きしめ、安堵のあまりほうっと息を吐いた。

 どうしてこの人は私の気持ちがわかるのだろう……言いたいことを言えない私のことを、彼はこんなにも理解してくれている。

「どうすれば良かったかなんて、ご自身で考えるほかありません。ですが一番に言えることは、どんなに辛くても、あの時に浮気をしなければこんなことにはなっていないということです。まぁ私としては、あなたのおかげで杏奈とこうして付き合えるようになったのだから、感謝しかありませんよ。別れてくれてありがとうございました」

 高臣の言葉で、杏奈の心が救われていくような気持ちになる。この人がそばにいてくれて良かった--心の底からそう思えた。

「杏奈、彼からの謝罪が欲しいかい?」

 高臣の指に頬を撫でられ、杏奈は首を横に振った。それから佐久間の方に向き直ると、彼を真っ直ぐに見つめた。

「連絡を取らなくなってから別れのメールまで、あなたは私と会おうとしなかった。だから私がどんなふうに傷付いていたかなんて知らないでしょ。きちんと向き合ってその話をしてくれたら……こんなふうに後からは知りたくなかった」
「本当にごめん……」
「もう謝らなくていいです。とりあえず仕事に私情は挟みたくないので、今日のことはなかったことにします。良いものを作っていきましょう」
「わかった……」

 佐久間は頭を上げて立ち上がったたものの、項垂れたままだった。

 最後までちゃんと顔を見ないのね--杏奈は高臣の手を引っ張り、彼に向かって『もう行こう』と目で訴えた。それを受け取った高臣は頷くと、杏奈の手を引いて歩き出した。

 彼の手の力強さに胸が熱くなり、杏奈は後ろを振り返ることは一度もなかった。
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