ただの道具屋の娘ですが、世界を救った勇者様と同居生活を始めます。~予知夢のお告げにより、勇者様から溺愛されています~
 どうやら彼は考え事をしていて上の空だったようだ。クエバの町で、何か引っ掛かることでもあっただろうか。
 ピノとは楽しく話をして別れた。また来るね、と、友達同士の約束をして――

「俺のほうがずっとビオレッタさんと一緒にいるのに、二人で住んでいるのに……出会ったばかりのピノのほうが親しげで、少し……いや、かなり羨ましかったんです」
「ピノ、ですか? それは、お友達になったから……」
「ほら、もう呼び捨てです。俺なんて二ヶ月が経とうとするのにまだラウレル『様』で」

 ラウレルは意外なことを気にしていた。
 ピノは小人だ。見た目が子供のように可愛らしく、呼び捨てもしやすい。世界に一人だけの勇者・ラウレルを呼び捨てるのとは次元が違う気もする。
 しかし彼にとってはそうじゃ無いらしい。

「俺もピノみたいに友達になってもらえばいいのかなって思ったんですけど、俺はビオレッタさんと友達になりたいわけじゃないから……そうじゃないなって……、考えていて」
「そ、そうだったのですね」

 それで彼は上の空だったようだ。理由は分かった。

 だから、手首を包む手を離して欲しい。この体勢は心臓に悪い。こんな至近距離で、ラウレルが見つめるから……何も考えられなくなってくる。



「ねえ……俺も、ビオレッタ、って呼んでもいいですか?」

 その声色に、心臓が跳ねた。



「ビオレッタ」



 彼が蕩けるような眼差しで見つめてくるから、自分の名前がこんなにも特別に聞こえてしまう。

 ピノにも「ビオレッタ」と、そう呼ばれた。シリオにも、村長にも……皆にそう呼ばれているじゃないか。
 なのにラウレルからそう呼ばれただけで、何故この胸はこれほどまでに騒ぎ出したのだろう。

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