恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
今頃になって出て行くのはためらわれる。二人のやり取りを聞きながら、私は息をひそめてその場にじっとしていた。ここはいちばん奥まった場所だから、二人には気づかれないだろう。

「ありました。これでしょうか」

しばらくして、比較的入り口に近いキャビネットの辺りで宍戸の声がした。

「ちょっと見せて。あぁ、うん、これだな。あとは……」

すぐ近くに補佐がいる……。そう思ったら胸が苦しくなった。


彼の離婚の経緯を知ったからと言って、私の補佐への気持ちは変わるものではなかった。そのことを早く伝えたいと思っていたけれど、補佐はまだ何も言ってきてはくれない。いつまで待てばいいのだろう。いっそ私の方から連絡してみようか。どんな答えであってもいいから、私を縛るこの鬱々とした気持ちから早く解放してほしい――。

補佐の気配を感じながらそんな思いを巡らせる。

「戻ろう」

補佐の声が耳に入り、我に返ると同時にほっとする。

カツンと靴音が聞こえた。

戻って行く――。

そう思った時、宍戸の声が補佐を引き止めた。

「待ってください。少し話があるんですけど」

補佐が足を止めて、いぶかし気な声で訊き返した。

「話?今?」

「はい。今、ここで」

「何かあったのか?」

「他の人には聞かれたくないんです。たぶん、補佐だって聞かれたくないと思いますけど」

「……何の話だ?」

ひと呼吸ほどの間を空けてから、宍戸が口を開いた。

「岡野のことです。こう言えば分かりますよね」

私は息を飲んだ。二人の間に緊迫した空気が流れたような気がした。

宍戸は何を言おうとしているの――。

私は息を殺しながらそろそろと移動し、キャビネットの隙間から二人の様子をうかがった。

「なんのことか分からないな。もう行くぞ」

「逃げるんですか」  

補佐の動きが止まった。

宍戸は続けた。

「俺、知ってるんです」 

「何を」

「岡野が補佐の答えを待ってる、ってこと」

「彼女がお前に話したのか」

補佐の声がかすれた。

私はすぐにも飛び出して行って、宍戸の口を塞ぎたいと思った。私が補佐とのすべてを宍戸に打ち明けてでもいるかのような、変な誤解をされたくなかった。今出て行くべきかと迷う私の視線の先で、宍戸は首を横に振っていた。

「あいつは自分から話したりはしてませんよ。俺がそう仕向けて聞き出しただけです」
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