恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
補佐は声を絞り出した。

「彼女のことをなんとも思ってないわけじゃないし、俺だって本当はそんな顔をさせたいわけじゃない」

「俺だったら、岡野を泣かせたりしませんよ。だから、最初の話に戻りますけど――」

宍戸は補佐の顔を見据えた。

「岡野は俺がもらいます」

「もうやめて」

私は隠れていたキャビネットの影から飛び出した。それ以上、二人の様子を静観し続けることができなかった。

「岡野さん、君……」

「お前、いたのか……」

二人はほぼ同時に動揺する声を発した。

私は両手を握りしめながら宍戸の前につかつかと歩み寄り、感情を抑えた低い声で言った。

「やめて。補佐を責めるようなことを言わないで」

宍戸は眉を微かに寄せて微笑んだ。

「責めていたわけじゃない。ただ、はっきりさせたかったんだよ」

宍戸の微妙な表情に気づかなかった私は、強い口調で続けた。

「宍戸にはもう答えたはずでしょ。だからもう、宍戸には関係ないことよ」

そう言った次の瞬間、私の唇は宍戸に塞がれた。

「っ……」

私が宍戸の胸を押しのけると同時に、補佐の腕が私の体を包み込んだ。

「やめろ」

怒りをにじませた補佐の声を聞きながら、記憶に残っている彼の腕の感触と彼の匂いに私は体を強張らせた。

「補佐、岡野のことがそんなに大事なら、しっかりと捕まえておかなきゃだめですよ。岡野は隙だらけな上に、呆れるほど自覚ってもんがないんですから。油断してると、俺みたいなやつがまた現れる可能性だってあるんですから」

宍戸は手の甲で自分の唇を拭いながら補佐を見た。

「仕方ないし不本意ですけど、岡野のことは補佐に任せますよ。だけどまた泣かせるようなことがあったら、その時はしっかりと邪魔させてもらいますんで、そのつもりでいてくださいね」

それから宍戸は私に優しい目を向けた。

「今度こそしっかり捕まえるんだぞ」

「宍戸……」

「それじゃ、俺は先に戻りますので。ほどほどにごゆっくり。岡野、キス、ごめんな」

宍戸は詫びるようなひと言を私に投げかけると、資料のファイルを抱えて私たちの前から立ち去った。

宍戸の気配が遠ざかっていく。資料室の扉を閉める音が聞こえた後の資料室には、静けさが戻った。

「今のはわざと……?」

まるで狐につままれたような思いでつぶやいたが、すぐさまはっとする。自分が今、補佐の腕の中にいることを思い出したのだ。私はうつむき、補佐から離れようとした。
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