恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
私の体は補佐の腕に引き留められた。そのままキャビネットとキャビネットの間に引きずり込まれる。

補佐は何も言わずに、静かに私を抱きしめた。

彼の胸の中で私の鼓動は大きく跳ねあがり、息が苦しくなる。

「補佐、腕を、離して下さい……」

絞り出した私のその言葉を遮って、補佐は小声で言った。

「慎也から話を聞いたんだよね」

「はい」

私は小さな声で返事をした後に、ためらいがちに続けた。

「……どうして離婚されたのか、話して下さいました」

補佐の親友の口から聞いた離婚の理由。それを聞いた時、私は嫌悪感を抱いた。親友を傷つけられたことを許せないと思う、築山さんの気持ちが理解できた。

当時結婚して間もない頃の補佐は仕事が忙しく、結婚と同時に家庭に入った元妻は、一緒の時間を過ごせなかったことが寂しかったらしい。あるいは。自分は大事にされていないと思ったのか……。それを理由に不倫をした上に、いつか二人の家を建てたいと彼が貯めていたお金を勝手に持って出ていった。挙げ句、不倫相手とだめになったからといって、悪びれもせず補佐の元に戻ってこようとしたという。築山さんの話を聞いた時、補佐の方がむしろ被害者みたいなものじゃないかと、少なくとも私にはそう思えた。

「ごめんね。岡野さんが思っていたようなやつじゃなくて……」  

そう言って、補佐は目を逸らした。

「幻滅させたんじゃないかな」

「幻滅だなんて……」

その話のどこが、補佐に幻滅するような内容だというのだろう。私はそれを否定したくて補佐を見上げたが、彼は私から表情を隠すように顔を背けた。私はその横顔に向かって、ずっと伝えたいと思っていた言葉を投げかけた。

「私の気持ちは変わっていませんから」

補佐の腕がぴくりと動き、私の言葉に反応したのが分かった。

「こんなに好きになって、一緒にいたいと思った人は、補佐が初めてなんです」

彼はおそるおそるといった様子で顔を戻し、まぶしそうな目をして私を見返した。

「……本当に?」

「どうすれば信じてもらえますか?どう言えば伝わりますか?」

私は言葉を選びながらゆっくりと話す。

「はじめは手の届かない人だと思っていました。補佐はいつだって完璧で、冷静で、ミスのない仕事ぶりで、社長からも一目置かれている、いつかは経営陣に加わるはずの、そんな存在ですから。だけど」
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