恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~

これから

別々に資料室を出た私たちは、その数時間後、築山さんの店で二人掛けのソファに横並びに座っていた。

予告通り遅れてやってきた補佐は、何も言わず、まるで当たり前のように私の隣に腰を下ろした。

しかし私はその時、思わず体を引いてしまった。隣り合って座るのが嫌だったわけではなく、その距離感に対する心の準備がまだ整っておらず、動揺してしまったのだ。これ以上の距離はすでに経験済みだったけれど、そうすぐに慣れられるものでもない。

普段の彼ならひと言断ってから座ろうとするだろうと思った。彼も緊張しているのかもしれないと気を取り直し、どきどきしながら補佐の横顔をうかがい見た。

「ごめん。隣、嫌だった?この方が話しやすいかと思って……」

「嫌では、ないです……」

私は首を横に振った。

テーブルの上には、少しだけ中身が減ったグラスが一つ。

私はメニューに手を伸ばしながら、補佐に訊ねた。

「何か飲み物は?」

「後で、って慎也に言ってきた。ここに来たら、すぐに話をしたいと思っていたから。それで……」

補佐は言葉を切ると、私の方に体を向けた。

「聞いてくれる?」

メニューを戻して私は頷く。

補佐の瞳が不安そうに揺れた。

「元妻とは同じ大学のゼミで知り合って、そこから付き合い出した。そして、大学を卒業してすぐに籍を入れたんだ――」

補佐は顔をややうつむけながら、ぽつぽつと話し出した。

初めて聞いた内容もあった。けれどその大半はすでに聞いていたことだったから、私が大きく動揺することはなかった。

補佐は当時の感情を明確な言葉にはしなかったが、その口調や間合い、表情などからなんとなくだが読み取れて、私はその度に胸が痛んだ。

話し終えた補佐が、最後になって大きなため息と共にポツリともらした。

「やっと、話せた……」

「はい」

私はただ短く言った。感想だとか余計な言葉はいらない。たぶんそれだけでいいと思った。

補佐はゆっくり顔を上げると、固い表情で私を見た。

「今も、岡野さんの気持ちは変わらないだろうか」

私は彼を見つめた。

「変わりません」
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