恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
私はできるだけ静かに注意深く、そろそろとコピー用紙の箱を台車まで運んだ。数回往復し、無事に最後の箱に手を伸ばした時だった。

私のいる方へ移動したのか、彼らの声が先ほどよりもはっきりと聞こえた。そして、その声に、言葉に、私はその場で固まった。

「遼子さん、ご結婚おめでとうございます」

遼子さんの声は言った。

「ありがとう、山中君」

山中「くん」――?

鼓動が小刻みに鳴り出した。胸を押さえながら息を殺し、私は壁にピタリと体を寄せた。

穏やかな声は言う。

「遼子さんのその相手が、俺じゃなかったのがとても残念です」

それを聞いた瞬間に、あの夜のことを理解した。やっぱり補佐がつぶやいた名前の持ち主は遼子さんだったのか、とすとんと腑に落ちた。

遼子さんは結婚が決まっている。それなのに、補佐は今どんな気持ちで彼女の前にいるのだろう。未練を持って?それとも、気持ちに区切りをつけたいがため?一方の遼子さんはどうなのだ。補佐の気持ちを知っていたのだろうか。

この先二人の間に進展があるとは思わない。けれど、補佐への想いを自覚したばかりの私の心は穏やかではなかった。

補佐に思われている遼子さんが羨ましかった。なんの取り柄もない私なんかが彼の目に留まる日は、半永久的に来ないのではないかと思えてしまう。

私は壁に背を預けて、薄暗い天井を見上げた。頭の中に渦巻く色んな思いを封じ込めたくて、ギュッと目を瞑った。

早く仕事に戻らなければ――。

そうは思うが、足がなかなか動かない。

そんな時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「岡野、いるのか?」

飛び上がりそうになるほど驚いて、私はその声の方へ顔を向けた。

「宍戸……」

どんな反応をすべきかすぐに判断できず、私は無言のまま彼を見た。

「なかなか戻ってこないから、様子を見に来たんだけど。どうかしたのか」

そう言いながら、宍戸は私の方へ歩いてきた。

今の声は隣の部屋まで届いたに違いない。そしてそのことで、私がここにいるということは間違いなく知られてしまっただろう。けれど、だからといって開き直り、言葉を発する勇気はない。
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