恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
私は黙って首を横に振り、何も問題がないことを伝えようとした。それから、淡々とした表情を作って宍戸を手招きし、棚の下の方を指さして囁くように言った。

「これを運んだら、戻るつもりだったの。来てくれてちょうど良かった」

宍戸は私につられたように、小声で不思議そうに訊ねる。

「どうかしたのか、声」

「なんでもない。気にしないで」

やはり小声で、しかし早口で私は言った。早くここから出なくてはと焦る。

「それよりも、これ運んでもらってもいい?」

「ふぅん…」

彼は怪訝な顔で私を見たが、何も言わずにひょいと箱を持ち上げた。

「あとは戻るんだな?」

「えぇ」

「なら行くか」

「ありがとう」

宍戸はまだ小声のままの私をちらと見たが、黙って台車に箱を積む。それを押して倉庫を出た。

「あ、私が」

「いいよ。もともと手伝うつもりで来たんだ。結局ひと箱しか運んでないし、これくらいはやらせてくれよ」

背中で自動扉が閉まる音を聞いて、ようやく体の緊張が解けた。私はほっとして、宍戸に改めて礼を言った。

「ありがとう。手伝いにきてくれて」

彼は苦笑した。

「たいした手伝いにもならなかったけどな」

「そんなことないわよ。お礼は缶コーヒーでいい?」

「無糖な」

私はくすっと笑い声をこぼした。

それを見て、彼はにっと笑う。

「やっと戻ったな」

「何が?」

私は宍戸の横顔を見上げたが、彼は何も答えず微笑んだだけだった。

この同期は気づいていたのだろうか。私の様子に、倉庫の空気に。

重い気分で私は台車のきしむ音と一緒に廊下を戻る。

山中補佐に会うことはほとんどないだろうから、まだいいのだけれど……。この後、遼子さんの前でどんな顔をしていればいいのだろう――。

鬱々とそんなことを考えているうちに、宍戸はコピー機の傍まで台車を寄せて次々と箱を下ろしてくれた。

「それくらいは私がやったのに」

「力のある方がやれば早いだろ」

「ごめんね、ありがとう。助かった」

私は宍戸に礼を言って、台車を元の場所に戻しに行こうとした。そこでふと思い出し、足を止めた。

「ねぇ、そう言えば、どうして手伝いに来てくれたの?倉庫に行くって周りの人たちにしか言ってなかったと思うんだけど……」

「あぁ、それは」

宍戸は一瞬、宙を見つめた。
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